三河湾・伊勢湾のコハダ
愛知県「大浜」「豊浜」
コハダの新たな産地名の登場

愛知県南知多町豊浜漁業協同組合行
愛知県大浜漁業協同組合行

平成19年8月25日(土)・26日(日)

 平成19年の5月から6月にかけ、愛知県豊浜産と言われるコハダが突然築地市場に入荷してきた。今まで愛知県産のコハダは、三谷(みや)蒲郡(がまごおり)に代表される三河湾産が全てであった。豊浜漁協は知多半島の先端、南知多町の師崎に隣接する伊勢湾沿いにあり、伊勢湾に面する豊浜の産地名の登場は意外なものであった。
 この時期、高値の割りには旨みの落ちている石川県七尾湾石崎産のコハダ、ナカズミのサイズに近い大きさで、産卵直後のガリガリに痩せた佐賀県有明海産、熊本県天草産等のコハダ達に混じっての、高値ながらも美味で貴重な、仕込みがいのあるコハダの登場であった。

 皮目が柔らかく、ふっくらと程よく脂の乗った身肉にはシットリとした甘みがあり、中秋の三河湾・江戸前のコハダに匹敵する旨みを乗せた素晴らしいコハダであった。しかし1ヶ月半ほど比較的順調に続いた入荷が、なぜか突然6月中旬頃にパッタリと途切れてしまった。
 そしてこの直後、江戸前すしの世界では、先取りの旬の魚として最も大切にされていいる浜名湖の白洲産シンコの初入荷が始まったのだった。豊浜産コハダの1尾で2貫取りギリギリの大きさは、通常では7月上旬に出始めたシンコが2ヶ月程の時間をかけて成長した9月上旬から10月頃のサイズとなる。
 成長を逆算すると豊浜産のコハダは3月上旬から4月中旬頃にシンコの状態であり、産卵は1月から2月頃だったことになる。この生態系の異常は、平成16年から17年にかけて獲られた七尾湾石崎漁協産のコハダと共通しているように見える。

平成19年度、シンコの初物登場。
今期、当店の極小シンコへの反旗宣言、5枚付けから3枚付けへ。

 平成19年の今期、当店では15年前頃から始まった、シンコの初物の握りが、1貫に5枚から8枚付けのサイズへの移行という、異常な極小化の流行に反旗を翻し、3枚付けのサイズに成長するまで使用を中止することを宣言した。
 温暖化による海水温の上昇がコハダの産卵の早期化をもたらし、シンコの初入荷を8月の上旬から6月の下旬へと、1月半ほども早くしたものと一般には考えられてきた。しかし、その早期化の一番大きな原因は、昨年の1kgで8万円も付けた初物の狂気的高値を先取りするために、産地の漁師達が故意に網目を極細化したことによるものであった。稚魚の段階にさかのぼっての乱獲が、最近の漁獲量の減少と高値安定に繋がっていることも判ってきた。
 当店の宣言はこの現状に対する反旗であり、資源回復と平常な価格安定を願ってのものであった。

 今期の6月中旬に始まった浜名湖産極小サイズのシンコの入荷は少量ながらも順調に続いたのだが、今期の初値はキロ28,000円から30,000円と、シンコの初物としては史上最安値を付けたのだったが、それ以後もシンコの値段としては最安値を付け続けたのだった。景気の悪化、不透明さもさることながら、この極小シンコに対する反省・反逆が期せずして江戸前すしの世界に噴出してきたのではないだろうか。さらに天草産・有明海産の入荷の始まりと共に、大きく値崩れさせていった。
 極小のシンコ達は時間の経過と共に着実に成長し、7月中旬頃に至って遂に浜名湖産に3枚付けサイズが少量混じり始めた。それと並行して7月25日頃から、三河湾三谷と昨年から名が知られるようになってきた新たな産地の三河湾大浜産のシンコが順調に入荷し始めた。そしてこの3枚付けから当店での今期のシンコの使用が始まったのだった。

疑問
伊勢湾のコハダ
(1)伊勢湾でもコハダが獲れるのだろうか?
(2)1月から2月頃に産卵することがあるのだろうか?
(3)東京湾のコハダに多々生ずる重油臭と泥臭さの汚染発生は無いのだろうか?
(4)いつ・何処で・誰が・どのようにして獲り、どのような生態系なのか?     
(5)浜名湖産のシンコの初入荷による価格の低下を予期しての、突然の漁の中止だったのだろうか?
(6)大浜は三河湾の何処にあるのだ? 漁法は? 漁期は? 漁場は?

愛知県大浜漁協・豊浜漁協行

 8月25日(土)・26日(日)の両日は、以前より陶芸家の林恭助氏と共に、知多半島の師崎に旅する計画があったのだが、この旅を愛知県知多半島のコハダの調査にあてることに協力していただくことになった。
 この旅は、岐阜県土岐市の陶芸家、林恭助氏(4年前に、国宝となっている中国の曜変天目茶碗の完璧な再現に成功した。今春中国に招聘され、その作品が日本人の陶芸家としては初めて、北京の故宮博物院および国立美術館買い上げ作品となった)と、そのお仲間の書家である加藤勲ニ氏、同じく土岐市のヤスエ陶器(株)の安江武氏と小生の妻の芳子、の5名の旅となった。

8月25日(土)
 名古屋駅から師崎の旅館に行く途中、明日の所在地下調べのためにそれぞれの漁協に寄ってゆくことになった。(地方の漁協・市場は土曜日休業が多い)
「豊浜」は知多半島の先端部、師崎の隣にある。「大浜」は知多半島の根元にある半田市の対岸、衣浦トンネルをくぐった碧南市に位置していた。半田市経由の途中、当店使用の酢の製造元、ミツカン中埜酢の博物館「酢の里」を見学する。
 大浜漁協のコハダの産地荷受け業者である「丸代水産」村田喜代春氏、豊浜漁協石黒課長、師崎の漁師さん達の情報により、明日の朝からの行動予定を練る。
 翌朝は、村田氏の指示に従い大浜漁協に午前3時50分頃までに着の予定。師崎より大浜間約1時間。3時には師崎を出発することになる。豊浜へは大浜から再度師崎に帰ってからの午後に訪問することになった。

26日(日)
大浜漁協
 午前4時15分前、大浜漁協はもう灯かりを煌々と点けて活動を開始していた。
 本日漁獲の魚介類の仕分けが始まっていた。
マイワシ・カタクチイワシ・コダイ(マダイのベンカス)・セイゴ・フッコ・スズキ・白キス・サヨリ・コハダ・シイカ・ボラ・ワタリガニ。

 丸代水産の村田氏に、大浜のコハダの現状を教えていただく。
 大浜のコハダは漁師と産地荷受け出荷業者との相対取引で、荷受け業者は漁師から直接コハダを受け、消費地の市場へ直送するやり方で、漁協でのセリ・入札は行なわれない。大浜での荷受けは「丸代水産」と「山条」の2社で、「丸代水産」は6年前から大浜のコハダの産地荷受けとなり、築地市場や名古屋へ直送している。1kg単位で海水と共にビニールの風船にし、4袋の4kg単位の詰めにして出荷する。

 大浜漁協のコハダは昔から漁獲されてきているのだが、地元に有力な産地荷受けがいなかったため、漁師達は三河湾の三谷へ出荷し、三谷の産地荷受けが築地へ出荷していたのだった。そのため大浜の産地名は全く消えてしまい、全て三谷産として築地に入荷していたのだった。最近また少し獲れるようになってきた三谷出荷のコハダの80%ほどは、今でも大浜産であると言う。
 昭和の終わり頃から平成10年頃まで、重油とヘドロ臭の発生をともなう海の汚染によって、三谷産のコハダの入荷が全く途絶えた頃、当然として大浜のコハダも同じような影響のもとに、全く獲れない状態が続いていたと言う。

漁法・漁期・漁場
 サヨリ漁を行なう2艘引き網漁(パッチ網漁)によるもので、矢作川から矢作古川の間辺りが主な漁場となっている。網の中には種々の魚が入り、陸揚げしてから漁協前で、種類サイズ別に選別することになる。
 丸代水産と契約している船主でもある漁師は「コハダ漁が復活し始めた5年程前まではシンコの小さいものは売り物にならないとして破棄されていた。しかし、築地でキロ1万円ほどで売れることが判り、網や選別箱の底に張り付いてしまっているメダカのようなシンコも、手間暇は大変なのだが、丁寧に拾い集めて出荷するようになった」と言う。

 毎年シンコの初物が獲られ始めるのは7月20日前後からで、コハダ漁は2艘引き網での漁が主体となる。この漁は9月10日で出漁認可期間が終了するため、この漁法でのコハダ漁も終漁となる。しかし底引き網、巻き網漁により他の期間もコハダ漁は行なわれている。
 9月から11月頃にかけて脂が乗り旨さの旬の最盛期となる。晩秋の頃には海苔ヒビの下に潜っているという。時期により、1日に5トン・6トンが獲れることもあるが、出荷調整し、年末の加工用に回すことになる。12月から4月頃まではコハダは外海へ出てしまうため獲れなくなる。平成18年の昨年は少し不漁であったが、今期は順調である。 2艘引きの網目のサイズは昔からの大きさのままで、敢えて極小のシンコを先獲りするために網目を小さくするということはしていない。だから昭和の終わり頃までは、8月上旬の残暑の季節感があったシンコの初物登場の、本来の時期に近い7月25日前後に初漁となっている。
 2艘引き網漁船は20年前頃までは8ヶ統あったのだが、後継者難と事故、漁獲量の減少により、今では3ヶ統に減ってしまっている。

 コハダは11月頃の水温の低下と共に、水温の変化の少ない外海の深場へ移動してゆく。11月頃、三河湾の外海と内海との境目になる篠島辺りで、巻き網漁によりナカズミより少し小さい位のサイズが獲れるのだが、やがて4月頃まで漁が止まることになる。
 今年の1月には、たまたまシンコが少し獲れたのだが、築地ではなく、名古屋のすし屋に出荷されて行ったと言う。5年程前から名古屋のすし屋でも積極的に使われるようになり、今ではシンコもしっかりと使われるようになっていると言う。
 林恭助氏によると、岐阜県土岐市のすし屋でも今年はシンコを使っていたと言う。江戸前鮨の仕事がしてあるネタの再認識ブームの中で、仕事をしてあるコハダが全国的に好まれ使われ始めているのだ。
 最近の各産地からくる良質なコハダの入荷減少と高値安定は、漁獲量の減少もあるのだが、この需要の増大も大きな原因の1つとなっているのだろう。

トリ貝
 今期は大豊漁だったが、7月上旬頃には産卵が終わりほぼ終漁となった。トリ貝の今期の加工は2万枚にのぼるだろうと言われている。大豊漁の時のトリ貝は、砂泥の中で縦に積み上げるように生息し、ケタ漁で上のものから漁獲されて行くという。
 三河湾のトリ貝は1年生の春貝で、水温が上がると産卵し、痩せて死んでゆくのだが、水温が高くなると砂泥の上に出てくるため、ヒトデにやられてしまうことも多いと言う。今期は三河産が終漁に近づいた頃に伊勢湾産が最盛期に入っていった。そのためにトリ貝の旬が長く続き、1年生春貝の最高の美味をたっぷりと満喫することが出来た。

アナゴ
 知多半島のアナゴは名物の一夜干しの干物に加工されるものもあるが、片名漁協に入荷するものが多い。活け物として東京へはほとんど出荷されていない。まだ活け出荷の技術がないのだと言う。クルマエビ用の発泡スチロール箱での電池による酸素吸入では死んでしまうのと、出荷費用が1箱2,000円ほどに付いてしまうのだと言う。

シャコ
 漁獲量はまとまるが、小柴のように漁師が加工するのではなく、荷受けや専門の加工工場でボイル・皮むきの加工がなされ出荷される。特大サイズの大きいものが少ない。シャコは活きている内にボイルしないと殻が綺麗に剥けなくなる。
 毎月脱皮しながら大きく成長して行くのだが、晩秋に最大のサイズに成長したときの、脱皮前の子無しシャコが特に甘みが強く旨い。雌雄混在して獲られるのだが、現地では雄が旨いと珍重される。
 10年前頃、シャコが大不漁の時、中国産を輸入して出荷したことがあったのだが、不評のため直ぐに中止したと言う。

豊浜漁協
2艘引き網漁・底引き網漁・小型定置網漁
組合員300名
290隻
漁協の規模としては愛知県最大となる。

伊勢湾産のシンコとコハダ
疑問
今年の5月から6月にかけて突然築地に入荷して来た素晴らしいコハダはなんだったのか?

 毎年、5月から6月は50隻の小型底引き網漁船が操業しているのだが、木曾三川(きそさんせん)の河口近くは水深1.5mから3mの浅場のために、この海域での漁は出来なかった。
 サヨリ漁をする2艘引き網漁は網の縦の長さが短く、海の表面を掬うように漁をするため、浅場のこの海域での操業が可能となる。今期はサヨリ漁をしている中にたまたまコハダが混じり始めた。サヨリの不振とコハダの築地市場での予想以上の高値のために、やがてコハダを獲るのが中心になり、2ヶ月間継続的な築地への出荷となった。しかしこのコハダは、サイズから類推すると1月から2月に産卵し、3月4月にシンコに成長したものであるようだ。
 三河湾の大浜漁協では1月の底引き網漁にシンコが入ったといっていたが、この伊勢湾の湾奥でも冬場にシンコの発生があったのだろう。近年、各地で多々見られる海水温の上昇に伴なう生態系の常態化してきている異変の1つとみられている。

 2艘引き網漁の操業認可期間は4月16日から6月末と9月1日から10月中旬までで、6月の終わりに突然コハダの入荷が終わったのは操業中止のためであった。サヨリとコハダは同時期、同じような漁場に生息しているため、2艘引き網漁で同じように漁獲されることになる。5月から6月の漁の中にはシンコも混じったのだが、ほとんど名古屋に出荷されていったと言う。
 今年は9月から10月にかけても、うまくするとこの素晴らしい豊浜産のコハダが再度出荷されてくるかもしれない
伊勢湾では40年前頃にはすでにコハダ漁があったのだが、最近まで築地市場では伊勢湾の産地名が出てこなかった。20年程前に四日市産のコハダが入荷してきたことがあったが、重油臭汚染が怖くて使えなかった。
 伊勢湾の魚介類も環境汚染の被害に遭い、コハダ・スズキ等はずい分長い間汚染にまみれて来ている。昨年から木曾三川の河口の清浄化にともない、ハマグリの1年生が獲れ始めている。まだ小さいためすしネタとしては使用できないのだが、2年後が楽しみとなっている。築地の荷受けは伊勢湾産も含めて、愛知県産の全てのコハダを三河湾三谷産・蒲郡産としてきたようだ。
 シンコはこの6年ほど前から獲られ始めている。網の目が大きく、シンコサイズの魚は網目からこぼれていたのだが、網目を少し細か目に加減し、丁寧に拾い集めることによって獲れるようになった。

豊橋漁協の魚
カタクチイワシ
鮮魚加工品を混ぜて昨年は2万トンの漁獲。

シャコ
40年前頃から愛知ものとして築地に出荷している。築地出荷は昨年100トン、今年は80トン。約1億円の漁獲高。シャコの加工は荷受け会社が自分の加工場で行なう。

サルエビ

クルマエビ
 4月から8月の4ヶ月で2トン。流し網漁。
1kgで35本から40本サイズがキロ単価5,000円から6,000円。最高値で7,500円。大小込みで4,000円。輸送のためのコツ箱とポンプ代が1箱2,000円。キロ単価4000円から5,000円でトントンになってしまい儲けがでない。

シバエビ
 40t。小サイズは地元で半分くらい消費される。大サイズでキロ単価7,500円、現在は安値で5,000円を切っている。

スズキ
 秋口に大量に獲れるが、内湾よりのスズキはかって、油臭いものが混じったため、未だに値がでない。

レンコダイ
 秋口に獲られる。

コウナゴ
 1月の1ヶ月間漁をする。この期間コハダは一切やらない。10月から11月に産卵するが、水温が高く、孵化しても育たず、死んでしまうことが多くなっている。

コハダ
 1月にも大きめのコハダが底引き網漁で獲れたが、シンコが20kgほど混じり、キロ単価15,000円の値を付けた。この高値のシンコは全て名古屋方面に出荷された。名古屋恐るべし。  


豊浜漁業協同組合
愛知県知多郡南知多町大字豊浜字相筆29番地
豊浜漁協広報パンフレットより

「漁船漁業が盛んで、県下でも有数の漁業地域となっています。『平成17年度末』の漁業経営体数は、120経営体で、小型機船底引き網漁業64経営体、引き網漁業経営体、4経営体、のり養殖11経営体。刺し網及びその他の漁業経営体41経営体となっていて、伊勢湾を主漁場に渥美外海、三河湾で操業しています。
 漁業生産は、生産量130二にトン、のり養殖26554(単位・1,000枚)、生産金額2044(単位・百万円)で年々減少傾向にあります。これは漁業者の減少と、マイワシの減少が大きな原因となっています。

小型底引き網=アナゴ・シャコ・スズキ・クルマエビ・サルエビ・フグ(シロサバフグ・トラフグ)・キス・タイ類・カニ類・コノシロ(コハダ)・タコ類・カレイ・カマス

パッチ網=カタクチイワシ・マイワシ・小アジ・コノシロ(コハダ)

船引き網=イカナゴ・シラス

刺し網=クルマエビ・サルエビ・キス・サワラ・カレイ・メバル・コチ・アイナメ・アオリイカ・タイ類」

産地荷受け
豊国(18年)・カネヒロ◎豊浜漁協の魚介類は全てセリで値決めされる。


 9月上旬、大浜産のシンコはもうすっかりコハダのサイズに成長している。10月上旬、さらに成長し、1枚で2貫取りたっぷりのサイズとなっている。旨さの旬の最盛期となっている。今期の大浜のシンコ、コハダはとにかく素晴らしく、コハダの握りの旨さが毎回楽しみで、お客さんの反応も率直に大きなものとなっている。
 豊浜産のコハダも素晴らしいのだが、漁が断続的となっている。
 10月5日、佐賀県有明海大浦産がふっくらと太り始め、俄然素晴らしいものに変化してきた。天草産はまだもう少し良化が遅れているようだ。

平成19年9月10日
※アップロードが遅れましたが、この章は「増補のその後」17章と18章の間に書かれたものです(管理人)

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