横須賀東部漁業協同組合
再度の横須賀支所(元安浦、安浦港)
平成22年1月11日

「安浦」の江戸前のミル貝
疑問
 東京湾内湾で、昭和40年代前半に消滅し未だに復活しないアカ貝、ハマグリ、タイラ貝、近年ますます獲れなくなってきているトリ貝、サイズがすっかり小型化しているアオヤギの中で、何故ミル貝だけが復活したのだろうか? 約30年に及ぶ消滅は、内湾汚染によるものだったのだろうか。無秩序な乱獲が最大の原因であったのだろうか?

江戸前貝類の盛衰
 昭和30年代から40年代にかけての京葉・京浜工業地帯の発展は、東京湾内湾の生態系に深刻な影響を及ぼしていった。干潟と浅場の海を埋め立てることによって造成されていった工業地帯は、沖合いの海底を深く大きく浚渫した土を浅場に埋め立てて行くという効率重視を、最大限に利用したものであった。そのために埋め立ての2倍の面積に及ぶ海底破壊となった。さらに工場排水の化学汚染による公害と、都市への急激な人口集中による大量の生活排水の流入は、内湾の限りない富栄養化という新たな公害ももたらしていった。沖合の海底に掘られた深く大きな穴から発生する無酸素の硫化水素の発生、下水道処理によって生じた富栄養化による赤潮・青潮の発生は、生態系破壊の重大な原因となり、内湾漁業を徐々に衰退させて行くことになった。このような状況の中で、東京のすし屋にとっては常に最高級品であったアカ貝、ハマグリ、タイラ貝、ミル貝は、漁獲規制のない無秩序な乱獲とともに消滅していった。
 平成8年、30数年ぶりに千葉県富津でミル貝が奇跡的な再発見となった。トリ貝・アオヤギ漁をする潜水器漁の漁師達が発見したものであった。それが少しづつ継続的に築地市場に入荷してくるようになったのだが、最近では再度の激減に見舞われている。そして平成12年頃より、横浜市漁協柴支所(小柴)と横須賀東部漁協からもミル貝が継続的に入荷してくるようになった。

再度の安浦行 平成22年1月11日
 最近、小柴(柴支所)産のミル貝の入荷の消息が全くなくなり、神奈川県からは横須賀東部漁協産だけが継続的に入荷するようになってきている。しかし、東部漁協は7支所からなる漁協で、そのどこの支所から入荷してくるのか、何故か不明であった。
 東部漁協に直接連絡を取ると、横須賀支所となっている昔の安浦で、親子でやっている一ヵ統の漁師と、富津の漁師の二ヵ統が獲っていることが判り、昨年の1月24日の初訪、そして今回の再訪となった。
 再度の安浦行には理由があった。昨年7月、『誰も知らない東京湾』の続編として20年ぶりに出版された、一柳洋著の『よみがえれ東京湾』を読んだからであった。

◎この本は東京湾の最新の資料をふんだんに網羅した東京湾再生の考察に満ちた好著である。
一柳洋氏は水中カメラで東京湾の海中生物の記録を撮り続ける海洋ジャーナリストとして出発し、後に横須賀市議会議員として、さらに東京湾湾岸再生議員連盟代表として活躍している

 その本の中に、昨年漁協で取材した潜水器漁の漁師である小松原親子の話が出ていた。
「平成8年(1996年)、Uターンして小松原哲也さんのもとで潜水器漁の訓練をかねて、ナマコ漁をしていた息子さんの和弘さんが、偶然発見した見慣れない変な貝を哲哉さんに確認すると、それがミル貝だった。20数年ぶりの再会だった」という。安浦のミル貝は昭和50年代の終わり頃までの、獲りたい放題の乱獲で絶滅してしまったのだ。
 折しも今回、雑誌の「食楽」の取材で、すし屋の使う春の貝の取材があり、江戸前のミル貝の紹介に小松原親子のミル貝を使おうと思い立ち、良品を宅急便で送ってもらうことになった。
そしてさらに小松原さん親子のミル貝漁の現場をつぶさに見学し、横須賀東部漁協の現状も知るための再度の安浦行となった。
 横須賀東部漁協から出荷されるミル貝は、横須賀支所(安浦)で漁獲されるのだが、横須賀東部漁協の名前で出荷される。県の許認可による潜水器漁業によるものであり、神奈川県での潜水器漁船は、小松原哲也・和弘親子の操業する「光哲丸」の一ヵ統だけとなっている。その他に、富津の潜水器漁船が2ヶ統、支所の許可の下にミル貝漁をしている。小柴の漁場でも発見されたのだが、柴支所には県の潜水器漁業認可の漁師がいないため、横須賀支所同様に、支所の認可の下に、漁獲手数料を柴支所に納め、柴支所から出荷することを条件として、富津漁協の漁師が一ヶ統、操業している。操業日数は少なく、出荷量も少ない。漁場の水深は10m近辺だと言う。

江戸前ミル貝の漁獲産地の確認

 平成8年(1996年)、20数年ぶりに、しかも突然、富津からの江戸前ミル貝の入荷に対するわれわれすし屋達の感動は鮮烈なものであった。しかし、それから2年後(1998年)には安浦でも獲られ始めていたという情報は、築地には全くもたらされず、ずいぶん長い間、富津産の名の下に入荷され続けた。
 しかも神奈川県側のミル貝が始めて登場したのは、小柴(柴支所)産としての入荷で、ホンの5年ほど前からであった。5年前頃に築地に出回り始めた横須賀東部漁協名のミル貝は、不可解にも延々と長い間、富津産として、さらには小柴産が出始めると知名度の高い小柴産として入荷していたのだった。これは築地の荷受と仲買人が、正確な情報を的確にすし屋に伝えていない事から起こったのだが、さらに今回の調査で驚いたのは、両者共に、こんなに近場の東部漁協に関する正確な知識、情報を把握していなかったということであった。むしろ産地の漁師、支所等がもっと積極的に自分の産地、品質・旨さを明確にアピールするべきである。

早朝4時の出漁
 再訪の連絡をし、当日、ミル貝漁の現場見学をするため乗船許可のお願いをすると、意外な返答があった。
 三人で操業する小松原さんの「光哲丸」親子は、朝の4時に出漁するという。まだ真っ暗な闇の中で灯りを付けて漁を始めるのだ。そして9時頃には帰港するので、その頃に港で待っていてくれということであった。
 朝4時の出漁という異常な早さの理由は、他県他漁協所属の潜水器漁船に自分達の開発した最高の漁場を見られないための方策なのだと言う。最近の千葉県富津では、ミル貝漁が不振で採算が合わなくなってきているために、4ヶ統の内の2ヶ統の潜水器漁船が安浦に漁に来ていると言う。好漁場は互いに競争相手には秘密なのだ。

漁場
 9時チョッと前に漁港脇に連なる番小屋の前を見学していると、初見の小松原さん親子から声を掛けられた。これからもう一度漁に出ると言う。さっそく乗船して現場に向かう。
 漁場は、眼と鼻の先であった。猿島からさく根の周りが漁場なのだ。この海域には大小10の島があり、豊島(十島)ともいわれる。島は海面すれすれに浮き沈みしている。水深は6mから7mが主で、12mを越すといなくなる。
直ぐそばにスズキの巻き網漁船が見える。
 小松原さんの潜水器漁船「光哲丸」は、海が荒れる日も想定して3人で操業される。息子さんの和弘さんが潜り専門で、親父さんの哲也さんと、もう1人の年配の手伝いの人(漁師ではなく、会社をリタイヤしたアルバイト)は船上での仕事をこなす。
 潜水服はまるで西洋の騎士の鎧のように見える。中に入っている和弘さんに、2人が手早く手助けをして着せていく。数多くの留め金をがっちりと留めていく。潜水服の装備総重量66kg。漁場の水深5mから最深15m。本日の水深5m。水温12℃。この潜水器漁の船上から送られる酸素は、スキューバダイビングでの高圧酸素と違い低圧酸素であるため、1日潜っていても潜水病にはならないという。1回に2時間ほど潜る。漁獲量1日100kgから130kg。
 海底の漁場は砂地と貝殻のガレ場が多いために、富津・渥美産のものよりも貝殻が白っぽいものが多く、実質の身肉の歩留まりは悪くなっている。貝殻に厚みがあり、水管が少し痩せているためだ。その分だけキロ単価が安くなっている。この海域では塩分濃度が甘いためサザエには角がないといわれる。

埋め立てと漁業補償
 1968年から9年頃に掛けて3万坪が埋め立てられ、1,600世帯の人口が増えた。その際の漁業補償は1人2,000万円。現金で貰った漁師が多く、数年で使い果たしてしまったものが多いという。

支所の漁師の平均収入
 横須賀東部支所では、漁獲高が一人平均800万円位で、実質収入は約300万円位。ほとんどの漁師が税金を払っていないと言う。これでは後継者が育たないではないか。

出荷
 その日の内に出荷し、他産地のように2〜3日産地留めをすることはない。留めるとミル貝の甘みが落ちるという。他産地では、留めることによって身が活性化し、日持ちが良くなるという。では、その出荷方法の差と旨さの比較の差は? 課題となった。

問題提起
 近年、築地に入荷してくる貝類の中でも、ミル貝、トリ貝、ハマグリ、アワビ等、主要な貝のほとんど全てが、海水の中で、活け込みされた状態で入荷してくるようになった。市場での鮮度を保持することを目的としているのだが、往々にして海水濃度が甘い状態の海水で送られてくるためと、築地の仲買人が、売れ残りをさらに酸素で活かし続けるために、さらにたっぷりと海水を吸い込み、水をたっぷりと吸収した水貝になっていることが多々となる弊害が出ている。
 水ぶくれとなった貝の海水重量を高価なキロ単価で買うような不当な状況となっている。さらに、不当に長く海水に生け込まれた貝は、岡っ干しの貝(産地より一切海水の中に入れずに輸送される貝)よりも一定の時間を過ぎると急激に劣化するようだ。

横須賀東部漁協と横浜市漁協とは?
横須賀東部漁協
 1959年に合併し、横須賀東部漁協となるまでは、7支所がそれぞれ漁協を構成していた。現在も漁場の境界線は昔どおりで、越境しての漁業は、まき網と釣を除いては許されていない。
1)横須賀東部漁協本所、横須賀支所(元安浦、今は平成町に改名、安浦港)、深浦(田浦と呼び、横須賀支所の分支所)、
2)走水、大津支所(大津、伊勢町、走水の3港)  B鴨居支所(鴨居港)
3)浦賀久比里支所(浦賀と久里浜平作側沿い)   D久里浜支所(久里浜港)
4)北下浦支所(北下浦漁港)
漁法…刺し網漁、底引き網漁、潜水漁、潜水器漁、筒漁、釣漁。神奈川県ではケタ漁は禁止されているため、小柴でのシャコ漁は小型底引き網漁となっている。

横浜市漁協
1,金沢支所、2,柴支所、3,富岡支所の3支所317名
 金沢湾の埋め立てにより、81年の組合解散の後、補償金の中から資金を出し合い新たに設立された。それゆえ東京のすし屋が愛称する小柴とは、横浜市漁協柴支所のこととなる。
疑問1
 千葉県富津漁協、愛知県渥美・伊良湖産のミル貝に比べて、小柴、安浦の貝殻は白っぽく、痩せ気味のミル貝が混じるのはなぜか? 特に小柴産は水管の色が悪く痩せているのはなぜか?
安浦・小柴産…砂地とガレ場に生息するため、貝殻の白っぽいものが多く、水管も少し痩せ気味のものが多く混じる。小柴産の色が悪く痩せている原因は生息場所によるものと思われる
 この1年間、富津・安浦・渥美のミル貝の歩留まりを記録してみた。総重量、貝殻重量、水管・ミル舌・皮・水の重さをそれぞれ量り、それぞれの対比を計算した一覧表を作成した。結果的には、安浦産の歩留まりが一番悪く、その分キロ単価が安価となっている。
富津、渥美・伊良湖産…砂泥帯に生息し、栄養が豊富で貝殻も茶から黒っぽいものが多く、水管も太っているものが多い。
◎富津漁協には4ヶ統の潜水漁器船があり、4月から5月を最盛期とする。だが、最近では漁獲量が少なく、効率が悪いために、その内の1から2ヶ統は横須賀東部漁協の横須賀支所(安浦)の漁場で操業し、当横須賀支所(安浦)に水揚げしている。尚、富津漁協での潜水器漁は、彼岸から彼岸までの冬場は寒ナマコ漁をするために、ミル貝漁はほとんどしない。
◎先日、岡山県倉敷の産地荷受けに今年のタイラ貝の状況について問い合わせると、今年は不漁年で香川県側まで行っているという。10数年前まで、江戸前が消えた後、渥美産、明石産と共に、最高級品として築地に入荷していた倉敷産のミル貝は、乱獲で激減し、少しは生息しているのだが、採算が合わないので獲らなくなり、替りに採算の良いタイラ貝を獲っているのだという。ミル貝消滅の最大原因は乱獲による獲り尽くしだったようだ。
疑問2
 現在の漁獲量は適正であるのか? 乱獲となっていないか?
「光哲丸」の漁獲量は1日100kg前後。富津の2ヶ統も同じくらい。合計300kg
 現状では適正であると言う。
疑問3
 何故、富津の漁師に漁獲認可をするのだろうか? むしろ地元の潜水器漁業の育成のために、後継漁師を育てる方が安浦の漁師にとっても漁協にとっても得策なのではないだろうか?
 地元の潜水器漁業に対する許認可条件は何故か非常に厳しく、今後、新たな認可はしないという。将来、小松原親子が廃業すると、潜水器漁は絶無になるという。富津の漁船は、東部漁協に漁獲高の40%を認可料として支払う。ちなみに、通常の正組合員の手数料は5%、小松原さんの潜水漁器は身入りが良いという理由で、15%差し引かれるという。(以前は30%であった。)
 むしろ他漁協の漁師に40%の認可料で獲らせたほうが、地元の漁師の15%よりも多いので、支所が潤うために安易に他漁協に認可しているようにも見える。県の水産課には、地元の新たな若者達の潜水器漁参加に対する優遇措置も、育成の意志も全くないように見える。 

横須賀支所の魚介類
平貝
 少し獲れるというが、サイズが小さく、色も悪いという。良品は全く獲れていない。昭和50年終わり頃までは、4から5年ものの最大級の素晴らしいものも獲れたが、やはり乱獲でいなくなった。当時もミル貝が主役で、平貝の漁獲分は、ほとんど遊興費になっていたという。県水産試験場からの情報によると、今年は川崎方面で少し発生しているらしい。将来、平貝の養殖事業の可能性が期待されている。平貝の貝柱の良し悪しは、貝殻を開かなくても、蝶番の根元の色によって判断できるという。きらきら光っているものは駄目で、黒いものが良い。
コハダ
 平成21年12月28日、横須賀の軍港内で、200tほどの大量のコハダが獲れたが値が付かず、10万円ほどの赤字になったという。しかし築地にはこの情報は一切流れてこなかった。
 2月頃から、海苔とワカメの養殖筏の下の岸辺近くにいるコハダを、刺し網で獲るという。この話も意外であった。毎年獲れるらしいが、どの位の漁獲量で、どこへ出荷しているのだろうか? 築地市場にも入荷しているのだろうか? 全くその形跡がないのだが。
 油汚染はないのだろうか? 僕の経験値では、江戸前のコハダは、千葉県産のものは素晴らしいのだが、神奈川産はどういう訳か脂の少ないものが多く、使用価値の少ないものが多かった。その理由はなんなのだろうか? 時季的に脂がないのは当然なのだが。
ナマコ
 1月24日より5月末までが、寒ナマコの底引き網漁の漁日となる。ナマコ専門の網は網目が大きく、水深4〜5mから11mほどを引く。1日100kgほどの漁獲量がある。青ナマコが多く、そのほとんどが中国へ輸出されるのだが、昨年からの中国バブル崩壊によって、値崩れしている。
 ウエットスーツを着ての素潜り漁は、高値で売れる赤ナマコを専用に海底で拾い獲るのだが、安浦には2人の漁師がいるという。
サヨリ、白キス、スズキ
 釣漁の理想的な漁法の下で獲られる本来は最高品なのだが、他漁協のものよりも、いつも少し値段が安いことが多い。漁協での出荷体制が悪いようだ。コツ箱の中で、下氷による出荷のため、魚が傷み易いのだ。他漁協の様に、水氷による出荷方法にするべきだ。
 巻き網漁によるスズキ漁も盛んだ。

海苔とワカメの養殖。カキ養殖への実験
塩素殺菌による弊害は?
 工場排水、生活排水の浄化に、塩素が使用されている。この塩素が海洋生態系に大きなマイナス要因となっているといわれているのだが、その実態は?
 工場排水の浄化は、塩素濃度60%の外国製の塩素を使用して行われている。塩素殺菌は、生活排水、工場排水の最後の処理過程で使用され、富栄養化の原因とされるチッソ、リンを減少させる効果があるというが、残留塩素が有機物分解のための微生物や魚介類の小生を殺してしまい、生態系の循環に致命的な弊害を及ぼしているといわれる。
 一部では塩素使用の代わりに、微生物や紫外線等を使用することによる、理想的な高度処理を施している処理場も増えてきているのだが、費用が余りにも高くなるため普及が遅れている。
 千葉県市川市行徳漁協では、県が塩素殺菌による下水道処理水の海への放流を認可した際、ノリの色落ち現象や、アサリの漁獲量に悪影響があったという漁協の申請があった。そのため最近まで一事業体に対して、漁協の一年分の組合費にあたる70万円の補償金が支払われてきたという。しかし、当時の被害の実態とその後の推移、及び支払い中止の理由はなんだったのだろうか?
◎ 平成22年2月25日、横須賀東部漁協名のミル貝のコツ箱に、新安浦、「光哲丸」の札が貼られるようになった。新安浦港の潜水器漁師、小松原さん親子の新たなる出発だ。

平成22年2月10日

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