燗酒万歳!! 日本酒再生のために
我ら、本醸造燗酒党


江戸前すし店の現場から
すしとシャンパンとワインの相性
 先日、若いお客さんから、最近のすし屋で「すしシャン」が流行っているという話が出た。銀座、青山、六本木、赤坂等のすし屋では、すしを喰いながらシャンパンやワインを飲むのは、もう常識なのだと言う。
 何でこんな事になってしまったのだろうか? 食の進化、食の多様化だって?
 バブルがはじけて以来、飲食店業界はドンドンドンドン景気が悪くなり、リーマンショックの後、今年は遂に最低のどん底の状態に陥ってしまったように見える。天下の築地中央卸市場では、昭和の終わり頃の最盛期には1,200軒からあった仲買人の店舗が、なんと800軒ほどに減ってしまい、かってない不景気振りの様相で、仲買人の嘆きばかりが聞こえてくるような状態となっている。
 すし屋も商売のあり様が二極分化してしまい、チェーン展開している大手の回転寿司か、親父の個性による独自の旨さを売りにしている小さな高級店だけが、生き残っている状態となっている。町場の、出前すしが売上の半分ほどを占めるような、昔ながらの隣近所にある店が皆落ちこぼれている。
 景気が悪く、利益が出ず、それでも競争が激しく、死ぬか生きるかの究極の状態となったとき、「生涯一職人、頑固一徹」などといっても、所詮、はかない身すぎ世すぎのすし屋達は、生き残るためには何だってやることになる。
 不本意にも、すしにシャンパンが合わなくたって、キザなお客さんが格好つけてワインを要求すれば、新しい時代の流れだとして、何だって応じてしまうことになる。
 昔、コーラが爆発的に流行り、コーラを飲みながらすしを喰うお子さん連れのお客さんが多々発生した頃、キチッとした店ではそれを拒否し、それが大げさに言えば主義主張を持ったチャンとした店であるかどうかの踏絵になって、コーラ、ジュースを置かない店が再評価されるというような事もあった。
 最近では、どういう風の吹き回しか、有料のウーロン茶を注文するお客さんも増えてきている。江戸前すしにはお茶が一番旨い。真夏でさえも、上等な煎茶の芽茶・粉茶の、熱くて少し苦渋味の利いたお茶が一番旨い。なんで冷たいウーロン茶なのだろう。しかも有料の…。すし屋のお茶は、何杯飲んでも常に無料なのに…。

 40数年もの間、旨いすしを追い求めてきた者にとって、シャンパンを飲みながらすしを喰うナンてのは、味覚音痴のダメなお客さんのやることだと思うし、それを出すのは、江戸前の旨いすしを出そうという誇りのない店であり職人のやることだと思う。当店では全く無視することにしているのだが、すしには白ワインが合うなどと、まことしやかに言う人達が沢山いる。
 これは通称グルメといわれるマスコミに名の売れた人たちが、得意げに言い回しているセリフだ。そして彼らの言う事をすぐに鵜呑みにしてしまう人種がまた大勢いる。そしてそれがアチコチで多々見られ、多々言われるようになると、それがだんだん不自然ではなく当たり前の、チョッと洒落たすしを喰うスタイルになってしまうことになる。遊び心でチョッと悪戯するのならまだしも、毎度毎度のシャンパン、ワインだなんて、余りにも行き過ぎで、江戸前すし屋にとっては、まるで冗談の世界であるだろうに。

本醸造酒の燗酒こそ最適の食中酒となる。
 今こそ、古き良き時代に鍛えられた日本酒愛飲家である呑ン兵衛達は、声を大にして叫ばなくてはならない。「本醸造の燗酒こそが、すし屋の食中酒としては一番相性が良く旨いのだ。旨すぎて料理の邪魔をしてしまう大吟醸酒ではなく、本醸造酒レベルの選別された酒が、一番安価で手ごろな酒で、蔵元達も一番飲んでもらいたい普及版の酒として力を入れてきたはずではないか」と。
 中国料理には紹興酒。フランス料理にはワイン。日本料理には日本酒。それが長い年月の中で育まれてきた民族の食と酒の文化であり、最も相性の良い組み合わせであったはずだ。
 僕は自分を栄光の呑ン兵衛だと自讃する。では、栄光の呑ン兵衛とはなにか?
「若い頃に、ありとあらゆる場所で、ありとあらゆる大酒を呑み、談論風発、酒の上での失敗は数知れず、二日酔いの猛烈な苦しみをしょっちゅう経験しながらも、二日酔いで仕事を休むなどは呑ン兵衛の風上にも置けないという男の気概を持っていること。酒を呑むということが、決して愉しく愉快なことだけではなく、風雪と共に、苦しく、辛いことも多々経験してきた呑ン兵衛のこと」をいう。チョッと大袈裟だが…。
 僕は、少なくともそういう経験を通しての、自他共に認める栄光の呑ン兵衛だと自認している。
 僕は中年から、今ではもう60台後半の中期高齢者の年代に入ってきているのだが、酒を呑む時の寛ぎの時間を、以前にも増して大切にするようになってきている。良い仲間と、気分の良い時に、旨い料理と共に、旨い酒を呑みたいとつくづく思うようになってきている。
 旨い日本料理に出会った時には、その喜びに、ちょっと手を休め、必ず酒を注文することになる。そしてこの時の酒は燗酒に決まっている。決して冷や酒などは注文しない。料理にあった旨い本醸造酒の燗酒を注文することになる。旨い本醸造酒があるかぎりは、吟醸酒でもなく、純米酒でもなく、あくまでも本醸造酒を注文することになる。1合ばかりではなく、2合から3合ほどは呑むことになる燗酒党にとっては、本醸造酒は一番リーゾナブルナで、呑み飽きしない食中酒が多いからだ。
 近年の大吟醸、純米酒による冷酒ブームの中で、醸造用アルコールを添加する本醸造酒は、まるで偽ものの酒のように喧伝される傾向がある。良質の醸造用アルコールを少し添加することによって、呑み口と切れ味を良くする本醸造酒は、また酒造原価も抑えられるという、杜氏達の長年の知恵であったはずだ。
 その燗酒の最初の一口を含むと、温度のある酒の旨さが、しみじみと口の中に染み渡り、体中の力がスウーと気持ち良く抜けてゆく。これから旨い酒と料理を食べるのだという食欲のセンサーが働き、唾液の分泌がよくなり、料理が一層旨く感じられるようになっていく。そして料理と酒との間に、極上の旨さのキャッチボールが始まっていくことになる。

燗酒と温度
 燗の温度は、酒の旨さを決定的に左右する大切な要素となる。
寒中での最初の一杯は熱燗も旨い。5分もしない内にぬる燗の旨さも愉しめるから。人恋しい晩秋の頃には、ぬる燗でゆっくりと美味を愉しむとよい。酒は“ちろり”か徳利に入れ、お湯の中で燗をするのが一番だが、家庭では電子レンジを利用してのお燗でも、適温に暖めさえすれば旨い酒を呑むことが出来る。
燗酒の種類…熱燗 (50℃前後)
      上燗 (45℃前後)
      ぬる燗(40℃前後)
      人肌燗(35℃前後)
      日向燗(30℃前後)
      煮え燗(沸騰して煮えている状態)…燗酒としては最悪の状態

 最近では、「熱燗ですネ」と注文をとる居酒屋、焼肉屋、大衆中華料理屋のアツアツの「煮え燗」にも、決して怒らずに、ただただ冷めるまで、じっと我慢することにしている。サービス係に言っても全く理解してもらえず、全く異次元の世界の話となってしまうからだ。

燗付け器の弊害
(燗付け器…昭和後半の燗酒全盛の頃、人手を省くために、居酒屋等の大衆店に登場した。1升ビンを逆さにセットしさえすれば、コックを回すと自動的に燗酒が出てくる器械で、前回注ぎ残した燗冷ましの酒が常に少量だが新しい酒に混入されるために、気の抜けた燗酒となってしまう。後に製造メーカーがコンピューター管理に改良し、この欠点を矯正したのだが、こういう店では、毎日のマメなホースの清掃が行われないために、効果が発揮されていないという)
 最近の燗付け器の氾濫には眼にあまるものがあるようだ。最初の一杯、一番舌の敏感な時に、舐めるように味わう時に、旨いと評判の店で燗付け器の燗酒が出てくると、興ざめの一瞬となる。だから酒の呑み初めの新人が、この不味い日本酒にぶつかると、酒の選択肢の多い現代では、二度と燗酒を呑まなくなってしまうことになる。
 すし屋の世界でも、たまに好き嫌いのかなり激しいお客さんがある。そのほとんどの原因は、最初に一番ダメな不味いものを食べてしまったことによる拒否反応の結果であることが多い。
 ウニなどは、その好例で、あまりの不味さに、食べ物として通用してはいけないほどのものが平気で売られ、すし屋でも出されることがあるからだ。ほんのチョッと最高のウニを試食してもらうだけで、ほとんどの方がウニの本当の旨さを納得してくれるようになる。冷酒の旨さに慣れてしまった人が、燗冷ましの気の抜けた不味い酒を嫌がるのは当然のこととなる。
 最近では、ホテルや、流行のテナントビルに入っている小ジャレた店のほとんど全てが、大吟醸など値段の高いマスコミ受けした酒の数々を冷酒用として揃えている。「この酒は美味しい酒なので、燗をしないで冷酒で飲んで下さい」等と、のたまう。さらに悪いことには、旨さは二の次で利益本位の不味い酒を、ただ「熱燗」として、銘柄も表示せずにメニューに載せている店がほとんどとなってしまっている。
「熱燗」とだけ表示している店に酒の旨さを言う資格はない。温度の違いによる燗酒の旨さの愉しみ方すら知らないのだから。日本酒文化は何処でどう間違えてしまったのだろうか。旨い酒は、燗をすると、燗あがりして香りもさらに程良く立ち上がり、さらにバランスの良い旨さを発揮することになる。不味い酒は益々不味く、香りも救いようのないムッとするような悪い香りを放つことになる。
 飲食店は燗付け器の使用を極力止めなくてはいけない。いやむしろ、燗付け器メーカーがもっと完璧なものを造ってしまうほうが手っ取り早く、ベストなのかもしれない。人手不足の中で、ここまで壊れてしまった燗酒の世界は、飲食店の良心に一方的に期待しても所詮、無理な話となってしまっているのだから。
 日本酒は全ての料理に万能の相性を持った酒だ。焼肉でも、ステーキでも、フレンチにでも、イタリアンにでも何にでも相性が良い酒なのだ。ただ、フレンチ、イタリアンではほとんどの店が日本酒を置いていないために、敬意を表してシャンペンやらワインを飲むことになる。
 当店のある新橋で、20年前頃から、“旨い”とそば通の間で評判となっているそば屋が、吟醸、純米のマスコミ売れした評判の酒を10種類ほど置いているのに、燗酒を頼むと何故か1種類しか燗が出来ないなどと言う。出てきた燗酒は燗付け器によるもので、最初の一口、見事に燗冷まし混じりの酒であった。
「お湯を沸かして燗をしろよ」と言うと、従業員が、「お燗はどうやったらいいのですか」と聞いてきた。でもこんなのは序の口で、最近流行の洒落た店では、燗酒を一切やらない店が多くなってきている。そういう店では注文しないで席を立つことにしている。
 真冬の寒い日に、人形町の裏通りにある「菊正」を持っているおでん屋で、食べたいおでんの注文は、全てあらかじめ伝票に書いてくれと言われた。ちょっと驚いたのだが、注文伝票を渡してから燗酒を頼んだら、冷やで呑んでくれと言う。じゃあ嫌だと席を立ったら、注文だけしてまだ出てもいない「おでん」の代金まで請求されたことがあった。これは燗酒をする手間さえも省いた不精で駄目な店の例だが、もう、日本酒の世界はめちゃくちゃになってしまっている。日本酒の旨さを正統に叫ぶ人が本当に少なくなってしまっているのだ。

「利き酒師」の世界を知っているだろうか。
 民間の企業による私的な資格試験だが、日本酒の旨さの捉え方と考え方が、従来の日本酒業界のものとは異なった角度からの分析となっている。理論的で、合理的で、なかなか面白く、大変勉強になった。しかも試験場では、20代から30代の若い人、特に若い女性が沢山受験しに来ているのに驚き感心させられたのだった。この資格試験は、総額で80,000円ほどかかる。さらに受かると、「利き酒師」の登録会員費として年に8,000円ほどもかかる、儲け主義的な経営の試験でもあった。
 しかし、しかし、このような資格試験は、全国日本酒造組合が、日本酒再興の大儀のもとに、自ら安価な受験料で主催し、伝統的で正当な日本酒の知識と、旨さの味わい方をしっかりと伝授していくことが本筋なのではないだろうか。当店に見える蔵元達は、皆、この「利き酒師」試験を批判するのだが、批判するだけで、誰も音頭をとって行動を起こしてはくれないようだ。今、日本酒復権のために最も大切なことは、ワインや焼酎の世界を安易に真似るのではなく、世界でも稀で、最も高度な醸造技術を持つ日本酒の、旨さとその正当な知識と極上の呑み方を正確に知らせ、旨い酒を飲む機会を沢山つくってやることなのだから。

さらに継続的な日本酒の衰退と再生
 日本酒の売り上げが最近さらに激減しているという。日本酒を呑む人がめっきりと少なくなってしまったのだ。再生のためには、何をしたら良いのだろうか?
 バブルの頃も、じわじわと売り上げを落としていた全国日本酒造組合は、「ひやっと」という酒を冷やすためのガラスの容器を作り、ワインに対抗して冷酒ブームを仕掛けていった。これはワインブームに便乗したもので、冷酒なら夏場にも呑まれるのではないかという安易な思惑であった。そして純米・吟醸酒ブームの到来と共に、吟醸酒による新酒鑑賞会など常温での利き酒と試飲風景があちこちで見られるようになっていった。
 その試飲風景とマスコミの野次馬的特集により、いい酒は常温あるいは冷やで呑むと旨いんだという刷り込みがなされ、冷酒ブームが始まっていった。このブームの仕掛けの前までは、日本酒はほとんど全て燗をして呑むものであり、当店でも、冷酒を呑むお客さんは、一月にたったの数人で、「あゝ、きっと建築屋サンなのだな」という感覚であった。それが、バブルの中で最高級吟醸酒ブームと相重なっての冷酒ブームで、それが10年も続く間に、中年の栄光の呑み助までが、旨い酒は冷やで呑むと旨いなどと、心底信じる風潮となっていった 。
 冷酒ブームは、たった25年ほど前から始まったものであり、それまでの日本酒はほとんど全て燗酒で呑まれていたのだったが…。当時の燗酒全盛の時代に、3倍醸造酒などのひどい酒で儲けた蔵元達は、もっと良心的な旨い酒を造っていれば、これ程の状況にまでならないですんだのではないかと猛烈に反省している。その過程で地酒ブームが数度に渡って起こったのだが、その旨い酒の出現も冷酒ブームと平行していたために、燗酒の旨さが忘れられていったのだ。

大吟醸ブームの功罪
 贈答用に吟醸、大吟醸がもてはやされていった。そして全ての蔵元は、醸造が難しく、杜氏の憧れでもあった高価な吟醸酒造りに挑戦していった。しかし、その頃起こってきたさらなるワインと焼酎ブームとの中で、さらにじわじわと日本酒は売り上げを落とすことになった。
 蔵元達が一生懸命に造っていた究極の旨さを求めての吟醸酒は、高級品で高価なイメージの贈答品として利用されることが多く、家庭での晩酌には呑まれない酒となっている。ことさらにそれを売りにするチョッと高級な飲食店では、料理と同じくらいに酒の値段が上積みされてしまうという弊害も出てきた。
 さらに、したり顔の自称食通達が声高に主張していた、「イイ酒は冷で呑むと旨い」との教条的な言い様に乗って、遂に燗酒を全く出さない店まで現れていった。そしてある日気がついたら、日本酒好きのほとんどの人が冷酒で酒を呑むようになってしまった。そうした中で、知識欲旺盛な食通たちは、色々な理屈を愉しみ、多種多様なワイン、焼酎を飲む人もますます増えていった。新たなワインブーム・焼酎ブームの到来であった。
 結婚式、宴会などでも日本酒での乾杯はほとんどなくなり、晩酌で日本酒を飲む人も少なくなっていった。日本酒の蔵元が廃業していった。しかし相変わらずの純米、吟醸酒の冷酒ブームの中で、本醸造は偽ものの手抜きの酒だという誤解は、今でも根強く生き続けている。そして日本酒の消費量は益々の減少傾向を示している。

第三春美鮨と日本酒…一点の美味を志向した樽酒
 燗酒の美味の再認識こそが、日本酒再興の全ての鍵を握っている。
 では、このような状況の中で、第三春美鮨では、日本酒をどのように愉しんできたのだろうか?
 当店で扱う日本酒は、愛媛県中央市、梅錦山川酒造の吟醸本醸造酒「つうの酒」の樽酒のみ。
 他店のように多品種、多様な味の酒を揃えることはしていない。最多24席の小さな店では、親父の好みと我が儘を、どれだけ認めて許してもらえるかが勝負だと思っているからだ。当店は、全て僕の好みの味であり、器であり、内装であり、趣味を通してやってきている。
 この酒は、昭和52年に出会って以来、約35年、延々と僕が惚れ込んで惚れ込んで呑んできた酒だ。山川酒造は20種類ほどに及ぶ、本醸造酒、純米酒、吟醸酒、大吟醸酒の多種多様な酒を造り、戦後の良心的で旨い酒再発見の地酒ブームの牽引車となり、数々の品評会、鑑賞会の中で、ほとんど全ての賞を総ざらいしてきた呑ン兵衛達の垂涎の的の蔵元であった。
 その中で、僕が最も最適な食中酒として選んだのが、この梅錦の本醸造酒「つうの酒」だった。そして昭和60年頃、親戚の結婚式の振る舞い酒として、この「つうの酒」が樽酒として使用されたのだった。この時、この樽酒の絶品の旨さに驚き、その樽酒の旨さの原因を追究し、遂にその旨さの有り様を突き止めた時、迷うことなく、「つうの酒の樽酒」の旨さを追いかけて行くことになった。(この本醸造「つうの酒」は、今では吟醸造りとしてさらに磨き上げられながらも、通常の本醸造酒の値で売られている。)
 初期の蔵元での樽詰めから、当店での14日目前後にビンに移す絶品の酒味から、その後の蔵元でのビン詰めによる、杉樽に入れての輸送の有無の発生による16日目前後への移り変わりる旨さの捉え方は、あくまでも僕の味覚を基準にして行われる。この「梅錦の樽酒」の旨さは、当店独自のもので、単に酒を仕入れ、右から左的にお客さんに出しているのではなく、ぼくの味覚の下に、当店独自の旨さを志向したものとなっている。
 樽詰めから1週間も経つと、樽を造る杉の木の独特で強烈なセメダイン臭風のアクが少しづつ消えてゆく。16日頃になると、梅錦「つうの酒」の本来の旨さと、微かな杉の木の芳香とが、どちらも余計に出しゃばらずに、程良い旨さに昇華した瞬間を、素早く瓶詰めした酒なのだ。しかも、僕の味覚が捕らえたこの瞬間の酒味は、僕個人としては、あくまでも燗酒として呑んで欲しい酒味であった。だから、
 当時すでに全盛となっていた焼酎ブーム、冷酒ブームの中で、10人中8人以上のお客さんが冷酒を注文する中で、「すし屋で呑んで最も旨い酒は日本酒であること、その本領は、やっぱり燗酒に限るのだということ、燗をして呑めるということは、食中酒としての日本酒の最大の特性であるということ、意外にも日本酒はありとあらゆる料理に相性が良いこと、燗酒は料理をさらに旨いものとさせ、そして繰り返し注いで呑む酒はさらに美味しくなるという、酒と料理とが、相互に旨さを増幅してゆく酒であること」等を根気良く説明していった。
「日本の食文化の一端を担う美術工芸品としての酒器の楽しみ、お燗の温度差による微妙な旨さの有り様の愉しみ方、気の合った呑み手や、時には色っぽい美女との意味深なお酌の間合い、仲間達との談論風発の盛り上がり」等々を話していった。時には半ば強制的な感じで薦めて行った。僕が旨いと思うものは、お客さんにも旨いはずだと信じて。そして、燗酒が初体験のほとんどのお客さんが感嘆の声を上げてくれていった。
 かくして、当店ではほとんどのお客さんが日本酒を主に呑むようになり、さらに「梅錦の樽酒」は、燗酒が旨いということが認知され、今ではほとんどのお客さんが燗酒で、冷酒を呑む人は1割程度となっている。
 最近、日本酒造組合の一部で、燗酒による品評会が開かれるようになったという。
組合も、やっと原点にもどり、燗酒の旨さと凄さ、料理との相性についての認識を新たにし、燗酒を日本酒再生の切り札とするような傾向が見られるようになったのだ。
 近年、日本酒再興のために、多種多様な酒が造られ多種多様な飲み方が提案されている。まだ味覚の未熟な若者達に合わせて、かなり軟派な飲み方も提案されている。しかし、世界各国の全ての民族の、不変の酒として継承されてきている酒は、味覚の未熟な若者達にとっては、最初から美味であるものなどは全く無く、繰り返しの出会いの中でこそ、少しづつ旨さに目覚めて行くことになる。

平成21年12月23日

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