北海道厚岸、浜中産のウニ
「旨さの旬」の移行に成功した新たなウニの登場
養殖のウニが天然のウニよりも甘い? マルキ平川水産
(参照『増補 江戸前鮨仕入れ覚書き』第9章 雲丹)


なぜ、浜中漁協は、北海道全域、完全禁漁期の最中に、このような甘みのあるウニを出荷することが出来るのだろうか?

 数年前から、9月早々に、旨さの旬としては全くの時期はずれに、見事に甘みのあるエゾバフンウニが北海道厚岸の浜中漁協から入荷してくる。ウニの世界を熟知している者にとっては、生態系が異常だし、摩訶不思議としか考えられないような旨いウニなのだが…。
 なぜ異常で摩訶不思議かというと、9月から11月初め頃までは、北海道全域のウニ漁は、産卵とその前後の保護保全のために前面禁漁期とされているからである。この時期のウニは甘みが薄く、豆腐かすのように味気ないものや、苦味の強いものも混じり、ウニの旨さが最も落ちてしまっている。さらに卵巣が柔らかすぎて箱詰め加工も不可能な時期で、原則として北海道から築地へのウニの入荷は皆無の状態となる。だからこの時期に北海道から甘くて旨いウニの入荷があるということは、それこそ異常なことであり、摩訶不思議が起きたことになるのだ。

北海道のウニの二大生態分布
暖流系のウニ…エゾバフンウニ・キタムラサキウニ
 利尻島、礼文島を代表する北海道の日本海側に生息する天然のウニは、暖流である対馬海流の海に生息するウニである。毎年、6月中旬頃に解禁になり、漁協によっては9月中旬まで漁をするところもあるのだが、通常は8月末で禁漁に入っていく。産卵とその準備に入り始めるウニ資源の保護保全のためだが、ウニ自体も不味くて商品価値を失ってしまうからだ。
寒流系のウニ…エゾバフンウニ・キタムラサキウニ
 一方、寒流系のウニである道南から道東にかけての天然のウニは、早い漁協では11月上旬、ほとんどは中旬あたりから解禁となり、翌年の5月いっぱいで禁漁に入ってゆくことになる。やはり産卵の準備に入り始めるウニ資源の保護保全のためだが、ウニ自体も不味くて商品価値を失ってしまう。
 このように、北海道では、二種類の同種のウニが、暖流渓と寒流系の異なる環境の下で、全く正反対の漁期と旨さの旬を作り出している。
 この両者の漁期の狭間となる禁漁の時期は、北海道のウニを追いかけているすし屋にとっては、仕入れが一番厄介な時期となる。禁漁に入ったウニは、雄は白い乳を表面に滲ませ、甘み旨みを落とし、苦味さえも呈していることが多い。この状態が10月半ば頃まで続き、11月早々の解禁時期には、まだ甘みが少し薄い状態で出荷され始めることになる。

過密な群生と乱獲による過疎
落石産のウニの栄光と劣化

 10年前頃まで、落石産のウニは11月早々、道東では最も早く解禁となった。すでに十分な甘みと旨みを持った状態で入荷してくる落石産のウニは、その甘みの強さ故に、しっかりと高く評価され毎年最高値を付けるのだが、それにも関わらず良品を探して待ちくたびれた高級すし屋達が競って仕入れたものであった。しかし、残念なことに、10年前頃からこの落石産のウニに異変が生じ、高値にもかかわらず甘みが薄く、出来損ないの豆腐のようなウニとなってしまった。原因は何だったのだろうか? 当時は温暖化、コンブの不漁等の環境異変による劣化が原因だと思っていたのだが、最近では落石産のウニの劣化の最大の原因は、乱獲による資源の激減にあるともいわれているようだ。
北方領土…国後島、択捉島、歯舞、色丹島のウニ
 昔の北方領土のように、ウニは過剰に群生しているとウニの甘み、旨みが損なわれてしまうといわれる。日本の業者による技術指導と適切な間引きによって、数年の内に素晴らしい甘みを持つ最高品になっていったのだが、最近では、また甘みと旨みを少し落としてきているようだ。この原因も最近のロシアでのあまりにも過剰な乱獲にあるらしい。 

 10月中旬に入るとロシアからの密漁ものを思わせるウニが入荷し、11月の解禁まで、これを追いかけることになる。しかし、しかし、少なくとも9月中旬から10月中旬までは、ウニを追いかけるすし屋にとっては、ただただ忍従の期間となるのだった。しかるに、3年前頃より、厚岸の浜中漁協から、この期間を綺麗に埋めてくれる甘みのある旨いウニが「浜中産」ブランドのもとに出荷されてくるようになった。この「異常なウニ」の入荷は、すし屋にとって長年の忍従に対する恵みの雨であり、驚異的なことであった。
 では、従来のウニの生態系の循環を無視したような、この浜中産のウニとは、どのようなウニで、どのように処理されたものなのだろうか? 

厚岸浜中湾の養殖のエゾバフンウニ…マルキ平川水産・田口清文氏談
「浜中漁協では、種苗を厚岸、知内、野付から購入し、2001年、ウニの養殖事業に着手した。5年間ほど、試行錯誤の中で毎年赤字を出していたのだが、2年前に遂に成功し、9月1日から解禁とし、翌年の状況により、3月から5月頃まで操業することとなった。
 浜中湾はコンブが豊富だが、主力になるコンブは輸入品との競合で価格低迷の状態にあったのだが、このコンブはウニの養殖には最適なものであった。ウニの養殖事業は大きな期待の中で進められているが、まだまだ非常にリスクの高いものがある。浜中漁協にはウニ養殖研究所があり、海中の筒の中のウニにコンブの餌を与えるためと、海底の管理のために潜水器漁業部会もある。

 では、なぜ養殖のウニに、本来ならば最も不味くなってしまうこの端境期に、最高の甘みと旨さを持たせることが可能となったのだろうか?
養殖ものが天然ものを凌駕した?
 田口氏は「60cm×3mの網の筒の中で養殖されるエゾバフンウニは、コンブだけしか食べていないため、餌が少ないと雑海藻も食べてしまう天然のウニよりも純粋に甘みが強くなる。そして湾内での適切な水深と水温の管理によって3ヶ月から4ヶ月ほど人為的に産卵時期を早く繰り上げさせ、北海道のウニの端境期に、あえて最高の甘み、旨みを持つ状態で出荷することに成功した」と言う。
 さらに「養殖用の網筒の中で盛んにコンブを食べている時には、卵巣の身質はかなり柔らかい状態で、箱詰め加工が難しいために、出荷時期には網筒の中のコンブを、しばらくの間、空の状態にさせておくことによって、卵巣の身質を締め、加工をしやすくする」という高度なテクニックも施されている。
 昭和の終わり頃に、北海道の日本海側を、暖流系のウニの産地を訪ねて函館から余市までドライブしたことがあった。この時見学した美国漁協では、山に自生する栄養分の多いオオイタドリの葉っぱを餌にして、ウニの種苗生産に成功し、北海道各地の漁協に出荷しているとのことであった。その後、各漁協で放流した地撒きの種苗が成長したウニは、天然ものよりも少し甘みが薄いとの評判であった。しかし、その頃からほとんどの天然ウニもコンブの餌不足で、少しずつ甘みを落とし始めていた時期でもあり、天然と養殖の種苗による旨さの差異は、東京のすし屋には判断できなかった。しかるに浜中漁協では、種苗を湾内に直接撒く地撒き法ではなく、60cm×3mの網筒の中に撒くことによって、この欠点も解決したことになる。

北海道新聞  2007年11月10日
「エゾバフンウニの養殖に期待  水揚げ高、5年前の12倍。釧路館内浜中、厚岸両町で、新たな栽培漁業としてエゾバフンウニの養殖が注目を集めている。15年前に始まった浜中町内では、今年の水揚げ高が天然ウニをしのぐ勢いに。主力の昆布が輸入品との競合で価格低迷にあえぐ中、養殖ウニに対する浜の期待は大きい。
 道東のウニ資源増対策は1990年の初めまで稚ウニの地まきが中心だったが、浜中町の散布漁協ウニ養殖部会の11人が92年、波の影響が少ない内水面の火散布沼で養殖試験に着手。
 沼の塩分濃度を測り、直径60cm、長さ3mの円筒形の養殖かごに稚ウニと餌のコンブを入れ、成長に適した水深を探りながら、育てる技術を確立してきた。
 2年かけて直径5cm前後に育ったウニは、9月から翌年3月にかけて出荷する。
 餌がコンブだけのため、雑海藻も食べる天然ものに比べ、身は一様に甘みが強く、黄色が鮮やかだ。浜値は1kg当たり3,000円前後で、天然ものの1.5倍 キタムラサキウニ比べると3倍となる。浜中漁協の組合員もこの技術を学び、2001年、浜中、琵琶瀬両湾で養殖を開始した。波で施設が流されるなど、外海ゆえの困難にも出くわしたが、海底に埋め込み式のアンカーを付けて施設の損傷を防止。
 同漁協ウニ養殖研究会の会員は50人まで増え、養殖かごの数は3,000個に及ぶ。『給餌など作業負担は大きく、しけによるリスクもあるが、冬場も出荷できる貴重な資源だ』と同研究会の鹿能光邦さん。ウニ養殖を始めてから冬場の出稼ぎをやめたという。」

 浜中漁協の出荷するウニは、日本の栽培漁業が目指す理想的で、画期的な成果をもたらしている。これからは天然ウニの漁獲量の激減と、旨さの劣化という困難な状況の中で、コンブ生産の活発な地方では、漁協を中心とした養殖試験場と共に、地場産業としてのウニの養殖が、盛んになっていくことだろう。

平成21年10月5日

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