羽田沖の穴子(その2)
重油汚染と今年の大不漁の背景
1年前より柴漁協のシャコ漁の操業全面中止中

大田漁協(旧羽田漁協)伊藤俊次組合長
平成18年2月15日(水)
 築地市場の休市日を利用し、旧・羽田漁協にあたる現・大田漁協の組合長、伊藤俊次氏が来店した。伊藤氏は組合長を務めながら、74歳の現在も、いまだに穴子漁を行なっている現役の漁師でもある。
当店の江戸前の穴子は、20年ほど前からは、築地の仲買人である誠和水産から仕入れられている。誠和水産は代々、羽田在住の仲買人として、羽田の穴子の入手に強いルートを持っている。だから羽田の漁師達が漁をしさえすれば、誠和水産を通して最優先で当店に入荷することになる。
 しかし、昭和の終わり頃から延々と続く穴子漁獲量の漸減と、油汚染の発生頻度の増大は、一昨年になってからさらに顕著となってきている。漁が少ないと油代、餌代にもならず、特に漁獲量の少ない冬場には、漁師達は敢えて出漁しないことが多い。東京湾内湾各漁協に於ける江戸前穴子漁獲量の絶望的な激減により、築地市場での入荷量と流通も異常な情況となっている。江戸前の穴子を誇りとし、純粋に追いかけて来た東京のすし屋とてんぷら屋達は密かに大恐慌を起こしてしまっているほどなのだ。この悲惨な情況の中で、現役の漁師による、羽田の漁場の現状とその周辺の話をもう少し具体的に、詳細に聴くことが出来ないかと、誠和水産の社長に、漁師との接触を以前から頼んでいたのだった。本日の来店はその依頼の実現であった。
 4時少し前に社長と来店した伊藤組合長(74歳)は、現役の漁師でありながら、組合のリーダーとしての仕事もこなすという、高年齢にも見えない元気な若々しさを発揮していた。さっそく話しを聴かせてもらうことになった。

羽田沖の海の過去・現在
「羽田の海は、昭和35年頃にはもうすでに、ご飯のお鉢のタガが、1日で真っ黒に変色するほどに汚染されてしまっていた。そして東京オリンピックの39年、羽田漁協は保証金をもらって解散し、その後、大田漁協として生まれ変わり存続してきた。」
 昭和32年、中学から高校時代にかけて、僕は隅田川の両国橋のたもとにある花柳界、柳橋の老舗料亭「亀清楼」の対岸に下宿していた。当時の隅田川はメタンガスの悪臭が強く、学生服の金ボタンが、1夜にして真っ黒に変色したのを憶えている。この隅田川の汚染が、そのまま東京湾の汚染に繋がっていたのだ。
「この解散時の昭和39年の総組合員数800名。内、穴子の延縄船30隻、100名。アサリの櫂巻き業350名、打たせ網漁200名、その他海苔養殖、カレイ網、ボラ網漁があった。一人当りの保証額は漁業種によっても異なるのだが、海苔漁師では最低1,500万円、アサリ獲りの漁師が850万円。1,000万円で家が一軒建った時代である。
 そして現在、平成18年度の登録組合員数は90名に上るが、実質的に漁に従事しているのは60名で、45名がアサリ漁と刺し網漁に、他の15名が穴子を獲る筒漁とガマ口網漁をおこなっている。平均年齢は65歳以上。今後、新たに組合員を募集する計画もあるが、漁師になるには5トンの新造船で3000万円、中古で5〜600万円と、最低でもこれだけの投資が必要となるが、新規加盟者の登録はあるのだろうか。」
 2年前に小柴漁協の浜屋さんを訪ねた時には、子安、生麦では不景気の風に乗って漁師にUターンする者、内職代わりに穴子漁をする者などが増えてきていると言う話を聞いた覚えがある。

羽田漁協の漁法
穴子漁〜延縄漁と筒漁、がま口網漁
延縄漁
 昭和40年代の半ば頃までの穴子は、延縄漁で獲られていた。1日1回、1日間隔で行なわれ、1回の延縄に150本の角針が仕掛けられた。餌は1cm×1.5cmに切られたサバ、イワシ、サンマ、塩ボラで夏にはスルメイカが用いられた。この仕掛けの作業は漁師の女房の仕事で、毎日毎日の過酷な仕事は、離婚の原因にもなったと言われ、穴子離婚と呼ばれたものだと言う。
筒漁
 昭和45年、千葉県で行なわれていた筒漁が、羽田でも採り入れられることになった。
 漁獲効率の画期的な増大と、延縄漁の仕掛けに要した手間暇の大幅な短縮は大きな魅力となり、瞬く間に筒漁全盛となっていった。しかし、筒漁による乱獲と密漁の横行により、資源の保護と保全のための手加減が無くなり、次第に漁獲量の減少を招いていった。「ド」と呼ばれる口径15cm、長さ85cmの筒には14mmほどの穴が40ほど開けられている。穴子の子供であるメソッ子を逃がすためだ。1回の漁に使われる、17mから20m間隔で流す筒の数は約230本、約2時間の作業となる。筒の中に入れられる餌の量は、イワシで約60キロの量におよび、筒からこぼれた餌にはカゴメが群がってくるため、筒漁の現場は直ぐに判ると言う。効率の良い漁獲量の増大は乱獲となり、まき散らかされる餌による海底の汚染は、深刻な問題となっている。
 穴子は1年生で、寒の内は半年魚の子供のメソッコ、やがてメソと大人の中間のモンド穴子、3月から4月にかけてはホン中と呼ばれる100グラム級が獲られ始め、大潮回りの時には大漁となってゆく。そして6月の梅雨時にかけて琥珀色の脂が乗って行き、旨さの旬の最盛期となってゆく。
がま口網漁
 神奈川、千葉では許可されないが、東京では許可されている。80×80Bのサイズで、1回に4キロほど入ることもあるが、州の上になる浅場は不許可となっている。

出荷
 羽田の穴子の漁師は直接築地には出荷しない。築地市場の荷受けによる支払いは半月後払いだが、羽田にある産地荷請け業者はその日か、せいぜい2〜3日のうちに支払うため、全ての穴子を産地荷請け業者が引き取ることになる。産地荷受けには、「マルエ」「マルサ」「ヤマウメ」「マルハ(誠和水産)」の4社がある。穴子は活け場に入れられ、情況を見て2、3日中には築地へ出荷されてゆく。
羽田の加盟している東京都魚連としては(1)東京東部漁協。(2)佃漁協。(3)港漁協。(4)中央隅田漁協。(5)芝漁協。(6)大田漁協の6組合があるが、大田漁協がその代表で、現在実質的に漁業を継続しているのは大田漁協だけではないかと言う。
 多摩川河口からガス橋までは、内境14号という漁業権の範囲で、大田漁協では弁天橋近くまで浚渫してきた。昭和40年から50年を境に海は次第に変化して行き、特にこの10年の変化は深刻で、漁獲量の激減を来たした。2002年に小魚の死骸が大量に浮いた頃を境に、不漁はさらに激しくなり、2005年から6年にかけては最悪の状態に陥ってしまった。最盛期には1日40キロからあった漁獲量が、4〜5キロに激減してしまっている。油代の高騰により出漁の採算が合わず、出漁しなくなっているほどだ。
 最近では、羽田空港の拡張工事に付随する調査のための協力が1日、6万円になるため、敢えて出漁をせず、手間代の内より2万円を組合費として徴収し、残りを漁師達の収入としている。穴子漁よりも、遥かに確実に儲かるのだと言う。

底引き網漁の自粛
 東京都では認可されないのだが、千葉・神奈川では認可されている底引き網漁での乱獲による漁場の荒廃を防ぐために、4年前から火曜と金曜日の週2回以外の底引き網漁の操業中止を申し合わせている。

羽田の穴子の油汚染とヘドロ臭

1)多摩川の河口はヘドロが堆積し、この近辺で獲られる穴子は泥っぽく、へドロ臭さがある。
2)京浜運河の生麦から川崎の浮島近辺と第三航路のサンフラワー号近辺の穴子は油臭いものが獲られることが多い。
3)30年前にも、川崎港から木更津港の定期便があった頃、すでに川崎港では魚の油汚染が発生していた。

漁獲量激減の原因
1)森ヶ崎浄水場の汚れが海に流れ出すと、魚が大漁に死ぬことがある。
2)さらなる護岸工事
3)アクアライン工事発生と完成。東京湾の生態系に大きな異変を生じさせた。渚に棒が一本立っただけでも魚が寄ってこなくなると言う。
4)第4滑走路工事による漁場の消失。
5)新たな多摩川ゴミ処理場の発生。
6)湾口にある水深20mの中の瀬でのグレース号の座礁による油の流出。

密度が高く、しっとりと飴色の身肉をした穴子の消失原因
最高の漁場の消失
 多摩川の河口にあり、羽田の中洲にあった漁場で、4月から6月頃まで、最高の身質の穴子が獲られたのだが、羽田空港のA滑走路の下に消えてしまったと言う。

 今年の初夏にかけ、羽田のアナゴの本格的な漁が始まったら、伊藤組合長を訪ね、筒漁の現場を見学することになった。…楽しみだ。

平成18年8月1日。
 初夏になっても、盛夏になっても、伊藤組合長からはなんの連絡も無い。乗船と漁の見学の約束はどうなったのか?
 久々に電話を入れると、意外な答えが返ってきた。
黒潮の大蛇行
「今、羽田の漁師が1日漁をしても10キロからせいぜい20キロ程度しか獲られない。これでは油代の高騰のために、完全な赤字になってしまう。だから皆羽田の拡張工事の海底調査に行ってしまうのだ。今年の冬場から春先にかけて、毎年湾内に回遊して来るアナゴの稚魚である「ノレソレ」の姿が全く見られなかった。アナゴは一年生の魚で、この稚魚が成長して行くのだが、この稚魚の回遊の途絶によって、今年のアナゴ漁の大不漁は予測できていた。残念ながら前年度に回遊し、成長した大きいサイズの穴子はもう獲り尽してしまっているようだ。諸々の原因があるのだろうが、数年前から見られたこのノレソレの回遊減少の最大原因は、黒潮の大蛇行によるのではないかと言われている。だからもう今年のアナゴ漁は全く期待できないものとなっている。」
 しかし、数年来続いた黒潮の大蛇行は、ほぼ正常に戻りつつある。来年にはまたノレソレの大回遊があるのだろうか。
 伊藤組合長に、羽田空港拡張によって失われたかっての羽田漁協最大の名漁場の俯瞰図を作成してもらえないかとお願いした。近々手に入ることになるだろう。
◎D滑走路工事、年内にも着工予定。
 羽田空港沖合に長さ3,100m、幅約450mの桟橋のような滑走路が建設される。総工費は7000億円。早ければ年内にも着工。2009年には完成予定。伊藤組合長以下の組合員が協力してきている拡張工事とはこのD滑走路の拡張工事であった。
 1984年から空港を拡張した際に、漁協や遊漁船組合の要望で周囲7kに魚や生物が育成できるような浅場を作り、わずかながらも成果が見られるようになってきたが、D滑走路周辺での砂浜造成計画について、国土交通省空港局計画課の担当者は、「水深があるので、その方向にはない」とそっけないと言う。D滑走路工事の着工は、東京湾内湾の各地で発生した環境破壊による漁場の絶望的な消滅に対する最後の一撃となってしまう事だろう。

小柴漁協、シャコ漁全面中止…昨年9月より早や1年、操業全面中止中。
 1年振りに柴漁協の組合員で酒屋さんをしている「浜や」さんに電話する。
「シャコ漁は昨年の9月より操業を中止している。穴子の筒漁と底引き網漁も3ヶ月まえから止めてしまっている。とにかく魚影が薄く、経費をみると全く採算が採れないのだ。漁協では2年から3年の間、シャコと穴子漁を取り止める方向に動いている。既に1割弱の漁師が廃業し、商売替えをしている。他の漁師達も、羽田空港のD滑走路拡張工事による、自治体からの見舞い金の支払いを当てにして待っている状態で、その後にはさらに廃業、転職者の発生が多くなるだろう。最近ではアルバイトに出かける漁師も多くなり、後継ぎとして漁師になった子供達の間にも転職が多くなってきている。
今年は8月の終わり頃から千葉県側でサバが獲れ始めたため、柴の漁師達の多くが、第二海堡近辺まで出向いてサバ釣に精を出している。

平成18年8月31日

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