春ニシン
新たな、すしタネ魚の登場
石巻魚市場
平成18年6月3日

課題
1)4年前から築地に入荷が始まった生鮮の春ニシンは、極上の鮮度保持を売り物としている。この鮮度の保持は誰が、どのような出荷体制のもとで行なっているのだろうか?
2)さらに、なぜ4年前から突然築地への出荷が始まったのだろうか?
3)この生鮮の春ニシンはいつ頃から石巻では漁獲されて来たのだろうか? 冬場の抱卵ニシンとの関係は?
4)生態と漁法は?

6月4日(日)…「森は海の恋人」の植樹の会参加
 気仙沼市唐桑、水山養殖場の畠山重篤さんをリーダーとする「牡蠣の森を慕う会」主催の、岩手県室根山の「矢越山ひこばえの森」に広葉樹を植樹する「第18回森は海の恋人 植樹祭」に出席する。今回が2度目の参加となる。晴天の下、900名を越える参加者によって、盛大に行なわれた。その前夜3日(土)、炉端焼きの「福よし」にて、出席者で畠山さんと親しい方々の懇談の食事兼飲み会が、毎年、午後6時半から始まる。この6時半開会までの時間を利用して石巻にて途中下車、春ニシン漁獲の真っ最中である石巻魚市場を見学する。

6月3日(土)…石巻魚市場にて
 10時40分、石巻魚市場着。天気は良いのだが、少々肌寒く、漁業関係者専用の道具屋でウインドウブレイカーを購入。石巻魚市場は、石巻漁協とは異なり株式会社組織で、魚介類の入荷、入札の業務を一手に引き受けている。
 漁協ではすでに入札が始まっていた。漁協前の岸壁に横付けされた漁船から次々と水揚される魚達は、石巻港周辺の建て網と定置網で漁獲されたものだと言う。朝の6時頃から始まる入港と水揚は、少しづつ時間の間隔を取りながら続けられている。漁獲された魚は、沖合いの漁船の中で魚種別に選別され、陸揚げされる。魚市場の入札場には多種多様の魚が並んでいた。
 ニシン・ウマヅラハギ・イワシ・アイナメ・ミズタコ・マスノスケ・サケ・イシガレイ・クロガレイ・ホウボウ・アカメフグ・ハダガレイ・ホシガレイ・サゴシ・ホッケ・ウルメイワシ・サンマ・ワラサ・イシナギ・メロウト・タラ・ヒラマサ・ウルメイワシ・ワラサ。
 漁法…定置網漁・トロール漁・底引き網漁・刺し網漁・建て網漁。

春ニシン
 大きなダンベの冷海水の中に、青々と鮮やかに輝くニシンが満載されている。100グラムサイズのニシンで、この時期の生鮮出荷のニシンとしては最大級のサイズで、旬真っ盛りのものとなる。2月の半ば頃から、周辺の建て網と定置網に入り始めるのだと言う。
 ダンベの中のニシンは、ほぼサイズが揃い、氷で冷やされた魚体はしなやかさを保ちながら少し硬直を始めている。次々と入札される魚の中で、本日のニシンはk単価300円で落とされていた。これは意外な安値であった。この2〜3日、銚子港で揚がったイワシの大漁によって、極端な安値に引きずられているのだと言う。

生態
冬場の抱卵ニシン
 石巻周辺で漁獲されるニシンは、湖沼の習性を持つニシンだと言われる。北限は北海道の噴火湾あたりまでで、三陸を中心に回遊しているらしい。産卵回帰性のある地域型のニシンで、回帰は2年〜3年で、平均体重243グラム、体長20.5cm。冬場に万石浦を産卵場として回遊して来るという。
春ニシン
 2月上旬頃より建て網と一部の定置網で漁獲されるものは、まだサイズが小さく、脂・旨さの乗りが足りないのだが、漁獲量が少ないために高値を付けることもある。2月〜3月は経費節減のためにほとんどの定置網が休漁するため、この時期には小規模な建て網や刺し網で漁獲されることが多く、漁獲量も少ない。3月頃から身肉に厚みが出始め、5月〜6月、急激な魚体の成長と共に、旨さの旬の最盛期に入ってゆき、品の良い薄っすらとした脂の乗りの旨みと甘みを愉しめるようになる。産地入札価格は、k単価400円から600円前後となる。入荷量が極端に少ない時には1,700円から1,800円の超高値を付けることもあり、相場の変動が激しい。ニシンはイワシの仲間で、胸を包むように密集する細い胸骨は共通で、この骨は完全に取り除かなければならない。残存するとちくちくと口中に当り、旨さを損なうことになるからだ。出刃庖丁を使うと、体内にこの骨を切り残してしまうことなる。イワシのように指で開くと骨は抜けるが、身崩れをしてしまう恐れがあり、プロの仕事としては恥ずかしい。竹串かマナ箸が重宝な道具となる。刃が無いために、背骨と一緒にこの胸骨を取り外すようにして除いてしまうことが出来る。
 今年は例年よりも2℃ほど水温が低く、漁の始まりと魚体の成長も遅かったのだが、そのために旨さの最盛期がいまだに継続し、もう少し続くようだという。今年は一度水温が上がり、暖流系の魚であるサゴシの漁獲を見たのだが、又水温が下がったために、ふたたびニシンの漁獲が始まり、漁期が長くなっている。このニシンが毎年、5月末から6月上旬の旨さの最盛期に突然姿を消して行ってしまうのは、水温の上昇が原因なのだと言われる。石巻湾は暖流と寒流とが入り混じる海域なのだが、暖流が流入し、水温が上昇すると寒流系の魚であるニシンは突如として姿を消してしまうことになる。

出荷体制
 石巻魚市場でのニシンの荷受け出荷業者は「(株)三政(みまさ)」と「山長(やまちょう)」の2社だけとなる。三政は築地市場へ専門に出荷し、山長は築地市場と横浜市場の双方に出荷している。2社で入札と出荷の競争をしているのだと言う。
 出荷は集荷の具合と輸送業者の都合により、早ければ午後3時頃、遅い時でも夜の7時から8時には行なわれ、消費地市場の翌朝のセリに間に合わせる「追っかけ」の出荷体制をとっている。
それにつけても、この石巻の春ニシンが持つあまりの鮮度の良さには、不可思議な疑問を感じてしまうところがある。イワシと共に鮮度の落ちが激しく、すぐに腹が切れ、身肉が柔らかくぐずぐずになってしまう小さな魚が、出荷の翌日の夜、すし屋の勝負の時間帯に、まだ微かな食感の旨さを保ち、さらに旨さの熟成の最盛期にあるからだ。これは、出荷業者が何らかの創意工夫の仕掛けをしている結果に違いない。

鮮度保持のための卓抜した仕掛け…海水氷の使用
「三政」の三浦博史常務に質問すると、意外な答えが返ってきた。氷に工夫があるのだと言う。通常の氷は真水で作られるのだが、ニシンに使われる氷は海水で作られているのだと言う。
 しかし、これはさらに意外なことであった。10年程前に淡路島の松栄丸水産に、沼島の黄アジの出荷方法について実験的な方法を提案したことがあった。出荷に使用する鮮度保持のための氷を、真水ではなく、海水で作ってみたら、さらに温度が下がり、保存性が高くなるのではないかという提案であった。さっそく海水氷使用の黄アジが送られてきた。アジは完全に凍ってしまっていた。海水と海水氷では、温度が下がりすぎて海水がシャーベット状になってしまうのだ。
 この経験があるために、海水氷ではニシンが凍ってしまうのではないかという質問をぶつけると、発泡スチロールの箱に入れる水に工夫があるのだが、これは教えられないという答えが返ってきた。
 石巻魚市場では、市場で通常の氷と共に、海水氷も大量に製氷し、売っているのだった。
 海水氷は表面に塩の結晶が全面に付いていた。氷結の時に塩分が表面に表出してしまうのだと言う。
 とすると…海水の代わりに何の水を使用しているのか? 帰京してからの実験の課題となった。
 しかし、海水を使用する代わりに真水を使用すると、ニシンの鮮やかな色が飛んでしまうのだった。箱の中の海水はかなり薄い塩分であった。海水氷の使用量と海水の塩分濃度を薄くする工夫なのだろうか。他にもなにか仕掛けているのだろうか。

春ニシンの過去と現在
 石巻魚市場から築地市場への春ニシンは4年前に三政が抜群の鮮度で出荷したのが始まりだと言う。海水氷の使用が鮮度の保持に革新的な進歩をもたらした結果であった。
 それまでも当然のこととして春ニシンは獲れていたのだが、鮮度の問題と生食の食習慣の不在のために、キロ単価50円から100円ほどにしか評価されず、トロール船による鮮度落ちのものと共に、冷凍の餌や肥料に回されることもあったと言う。当店では、4年前の初入荷の頃にこの春ニシンと出会い、その旨さに驚嘆し、使い始めたのだった。この時期はマイワシの大不漁がいよいよ本格的になり、良質なイワシがほとんど手に入らなくなった頃でもあった。だから当初にはマイワシの代替的な感じもあったのだが、この春ニシンは、マイワシとはさらに異なる独自の旨さを主張しているのだった。

旨さ
 背は薄い群青色に、腹面は鈍い銀色に輝く魚体は美しい流線型となっている。5月から6月には、急激な体長の成長に伴なう脂の乗りと共に、体高はゆったりと広がってゆき、身肉も厚みが増してくる。3枚におろし、皮を指で剥がしてゆく。赤みを帯びた身肉の表面は、薄っすらと銀白色の脂に覆われている。縦に飾り庖丁を入れる。赤褐色の身肉の色が、白い脂肪の下から華やかに飛び出して来る。マイワシの量感たっぷりの脂の乗った甘みと旨みとは異なり、薄っすらと程よく品の良い甘みと旨み、微かな歯ごたえを感じさせる食感の後、儚く溶けて行くような身肉の柔らかさが、春ニシン特有の旨さの世界となっている。

※海水氷は、金華サバと他の魚の出荷にも利用されている。
※一本釣り、定置網漁のサバを金華サバとしてブランド化しているが、昨年から今年にかけては大不漁で、サイズも小さいものばかりとなっている。
※イシナギ…ハタ科の魚だが、20キロから30キロ級も混じり、脂の乗りと独特の食感が美味で、仙台・金沢方面に出荷され、高値をつける。
※ホシガレイの稚魚の放流がなされている。トロール漁、底引き漁でたまにホシガレイが入るが、鮮度落ちのものが多い。野〆のものとなり、仙台方面に送られることが多いが、そこそこの値が付く。
※秋口にオホーツク海で獲れる白鮭の鮭児が定置網に入ることがあると言う。オオメマスと呼ばれる。(話を聞いていると、これは夏場の鮭、「時知らず」ではないかと思う)
※カツオ・イワシ類・タラ類・サバ・スルメイカ・マグロが石巻魚市場に水揚される上位水揚魚となる。

平成18年6月14日

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