津軽海峡のホンマグロ(その2)
再度の青森県大間
大間漁協のホンマグロ、延縄漁と一本釣り漁
津軽海峡のヒラメ
(有)熊寛の干鮑・干しナマコ・ウニ

平成17年11月19日(土)、20日(日)

目的
1)大間漁協のホンマグロ漁の実態見学。
2)〆と死後硬直の関係を漁師達がどのようにとらえているのか。
3)品質劣化と入荷が激減している津軽海峡のヒラメの現状調査。
4)中国料理界でのトップブランド「熊寛の干鮑と干しナマコ」の加工現場の見学。

11月18日(金)
 築地市場の仲卸、「まぐろ石宮」の中島君に紹介された大間漁協の佐々木一美さんに電話を入れると、もう既に今回の大間漁協でのホンマグロの勉強スケジュールが全て万端に整えられていた。
 8時52分発東北新幹線から東北本線、さらに大湊線に乗り換え、最北端の下北駅着14時04分。大間港まで車で約1時間弱。大間漁協前に3時30分までに到着出来れば、手配の延縄漁船に乗ることが出来るという思いもかけなかったスケジュールであった。今回ばかりはマグロ漁船の乗船はだめだろうと覚悟していた。海峡の急流と、強風によるうねりを伴なう吹雪の中でのマグロ漁は、1匹数百万円に上る真剣勝負の世界である。門外漢のすし屋の乗船が大迷惑になるのを充分に承知していたのだった。だから不安と期待の中で、気合が入っていった。
11月19日(土)
14時04分 下北駅着
 降雪の天気予報と、北風の吹きすさぶ極寒の津軽海峡を予想し、万全の冬支度をして行ったのだが、下北半島は穏やかに晴天で温暖であった。
 今回の手配をしてくださった佐々木さんが、下北駅まで車で迎えに来て下さっていた。佐々木さんは、つい最近まで大間漁協の職員であった。2年前から恒例となった「まぐろ祭り」の実行委員の一人でもあったが、昨年、漁協の早期退職制度のもとに退職し、「(有)熊寛」に再就職したのだと言う。奇しくもここで「熊寛」の名前が飛び出してきたことに驚いてしまった。今回の大間行の目的の一つである「熊寛」の、干し鮑と干しナマコの加工現場見学のために、佐々木さんとは別ルートで、熊寛の専務の熊谷等さんに連絡をとっていたからだ。今回の大間漁協でのホンマグロの勉強行と、8年ぶりの熊寛への再訪とが、佐々木さんの登場によって見事に繋がることになった。下北駅から大間漁協までの1時間弱の間、大間漁協のマグロの一本釣りと延縄漁、一本釣りのヒラメの現状、熊寛での干鮑・干しナマコの話等、大間漁協の概略的な話を聴かせてもらった。近年のほとんどの漁協と同じように、日本最大の一本釣りホンマグロ漁で全国に知れ渡っている大間漁協さえもが、総漁獲量の減少と諸経費の高騰による赤字経営が常態化してしまっているのだと言う。漁協、県漁連、築地荷受けのそれぞれの手数料、運賃、氷代等の諸経費 及び油代等を含めると、漁師の手取りは50%程度になってしまうため、漁協を通さずに流通してゆくケースも増え、漁協の赤字にさらに拍車をかけているのだと言う。
 本日乗船の許可をしてもらった延縄船の船主で船長でもある田中稔さんは、佐々木さんの妹さんのご亭主なのだと言う。大間のマグロ漁では、毎年、群を抜いた最高の成績を収めている漁師で、船名は第六十八幸福丸(19トン)。息子さんが仕切っている第三十五幸福丸との親子船となる。両船共に本来はスルメイカ漁を本業とし、九州からイカを追って北上するイカ釣り漁船としては、常に日本で3本の指に入るほどの凄腕の漁師で、第六十八幸福丸の名は、イカ釣り漁船の間では知らぬものがいないほどに有名で、最北イカ船団の団長でもあると言う。毎年2月、3月頃から11月頃までイカを追って北上を続け、11月上旬、津軽海峡のホンマグロ漁が最盛期に入る頃に大間に至り、1月10日頃までホンマグロの延縄漁をするのだと言う。今年はスルメイカが不漁のために大間入りが少し遅れ、マグロ漁は今日でまだ6日目にしかならないのだが、昨日は親子で5本、230キロが1本混じった。毎日連チャンの漁獲は20本に上り、6日間で1600万円ほどの儲けとなっていると言う。好調な漁果に、もう少し早くから漁に入ればよかったと悔やんでいるほどだ。
 延縄漁は大間よりも北海道の戸井漁協が有名でよく知られているのだが、津軽海峡のマグロ漁で最新器機を装備した延縄漁は、大間の長宝丸がその先鞭を付けたのだと言う。佐々木さんの話では、稔さんはチョッとヤクザっぽい顔をしているのだが、親分肌の気のいい漁師なのだと言う。小太りの体型と、ガキ大将がそのまま大人になったような顔つきには、業界でのトップ漁師としての自信と貫禄が備わっていた。
午後3時30分。
 漁協前の岸壁に、10分おき位にマグロを釣り上げた一本釣の船が次々と入港してくる。誇らしげに入港して来た第五十七大運丸の菊池正義さん(41歳)も佐々木さんの友人だ。船からクレーンで持ち上げ、台車で漁協に持ち込まれる。内臓処理、鰓処理、延髄処理をしてから検量、ただちに氷満載のタンクに入れられる。第六十八幸福丸も、出漁のための準備が始まり、佐々木さんと共に乗船する。大きなスポンジのマットレス状のものが3枚積まれる。釣り上げられたマグロを傷めないためのクッション代りのベッドになるのだと言う。船首には延縄漁の漁具一式が並べられている。想像を裏切るほどの細い幹糸が大きな自動巻のドラムにたっぷりと巻かれている。枝糸も釣り針を付けて整然と並べられている。マグロを瞬時に殺す電気ショッカーがある。220ボルトの高圧電流が流され、海面に引き寄せられたマグロの息の根を一瞬にして止めるのに使われるのだ。この電気ショッカーの使用によって、ホンマグロとの戦いの時間が、60%から70%ほどに減少されたと言う。この高圧電流は人間には全く危険が及ばないように着装されている。19トンのイカ漁船の新造船は、5千万円プラス最新機器装備代を要する。出漁1回の経費10万円。最近次々と新造される津軽海峡の最新の延縄船は、最新機器装備込みで1億数千万円にのぼると言う。
 大間崎沖合い300にある弁天島の灯台を基点に横一線、約40隻の延縄船が並ぶ(しかし、視界に見えるのは6隻だけ)。日没の5時、2キロ沖合いの漁場に向かって一斉にスタートする。大間漁協では、一本釣り漁は夜明けから日没まで、延縄船は日没から夜明けまでの漁と規制されている。各船それぞれに、思い入れのある最高の漁場を確保するために、エンジン能力全開の最高速での競争となる。凄い!!凄い!! 最高装備の延縄船は、船体の半分ほどまでも波しぶきを被りながらのまっしぐらだ。第六十八幸福丸も見事に波を被っているのだが、次第に遅れをとり、最後尾に近い所に付けているようだ。この船はイカ漁船であるため、エンジン性能では最新の延縄船に見事に負けてしまうのだが、魚探、ソナー等の機器装備では現時点での最高のものを揃えている。漁場に着いてから、気の合った仲間の間に入って行くことが出来るので、少しくらい遅れても大丈夫なのだと言う。途中、ピカピカと眩い光を継続的に放っている一本釣りの小船にすれ違う。日没近くにマグロを仕掛け、格闘している最中の釣り舟だと言う。釣り糸の絡み、釣逃がしのトラブル防止のための合図で、この合図があると他の漁師達はトラブル防止のために糸を揚げることになる。弁天島の灯台から大間の漁場までは約10分。この漁場までの距離の近さが大間漁協の最大の武器となる。漁獲してからの処理が迅速に出来ることと、時化の時でも漁をすることが出来るからだ。原則的には出漁規制がないのだと言う。しかし3トンから4トンの一本釣りの小船では、12月から1月の荒れ海の時には出漁出来なくなる。北海道側の戸井漁協では漁協で各延縄船に漁場の振り分けをするのだが、漁場が遠いために、時化の時には全員が休漁することになるのだと言う。
 大間の漁場に出漁する延縄船は40隻から50隻。一本釣り船は100から130隻に及ぶ。本日の出漁延縄船総数約40隻。昼間の一本釣船は約100隻。昨日もほぼ同数の出漁船で、漁獲総数8本。内3本を幸福丸の親子船が漁獲。先ほど佐々木さんに案内された漁協には、幸福丸専用のマグロのカンオケが3ツ、丸今(まるこん)の印を付けて並んでいた。一本釣り漁船の総釣果は、1日せいぜい1本から2本。1月まるまる釣れないことも多々あり、津軽海峡のホンマグロ漁は、我慢と、ひたすらの忍耐と集中力との戦いだと言われる。
午後5時20分
 漁場での入れ網が船尾で始まる。本日の津軽海峡はほとんど凪ぎに近いのだと言うが、素人では真っ直ぐには立っていられないほどの揺れとなっている。たまにくる胃の中からムカッとこみ上げて来る不快感は船酔いの不吉な予感ももたらして来る。二人の若手の漁師は、活け餌のスルメイカの耳に素早く針を付け、適確で美しい動作の流れに乗って、スルメイカを優しく海に投下してゆく。その数約100尾。佐々木さんが、後方に陣取り、慣れた動作で補助作業をしている。
 約1時間後の揚げ縄の開始まで操舵室を兼ねる船長室に移る。1坪半程の操舵室はまるで応接間のようであった。800万円からする最新高性能の機器が3台。その他その他の器材が所狭しと並んでいる。延縄漁ではこの機器の装備水準の高低と、機器もたらす情報を、経験値の中でいかに巧みに読み取るかが、漁獲量に大きな差を付けることになる。器材の画面上に海中の全ての表情が映し出されている。ソナーには1,000m四方のマグロの遊泳が全て映し出されると言う。

ホンマグロの延縄漁とスルメイカ
 そしてさらに第六十八幸福丸はイカ釣り漁船というホンマグロ漁にとっての最大の利点を持っている。津軽海峡の延縄漁は全て活けのスルメイカを餌とする。だからこの活けのスルメイカをどれだけ大量に確保できるかが、ホンマグロ漁の大きなポイントとなる。通常のマグロ延縄船は、餌のスルメイカを確保するために、夜、イカ漁り船がコウコウと照らす照明の側に行き、おこぼれを貰うようにしてイカを釣り上げに行く。イカ釣りを、他人の照明の明るさを借りて行なうために、漁師本人が「盗人に行く」と言うような表現をするほどなのだ。イカ釣り船は自力でマグロの餌となるスルメイカを大量に釣り上げることが出来る。さらにイカが少なくなった頃にでも漁場を変えながら、それなりの数を揃えることが出来る。いわんや第六十八幸福丸は業界トップクラスのイカ漁船で、照明その他の器材は常に最新式のものが装備されていると自慢しているほどなのだ。だから餌の活けスルメイカは豊富に獲ることが出来る上に、水温が下がり、他の漁船がイカを獲ることが難しくなる頃でも、まだしっかりと餌を確保出来、ホンマグロ漁を継続することが出来ることになる。だから大間での最高の漁獲量を毎年維持更新しているのだ。

ホンマグロの〆と死後硬直

田中稔船長にマグロの死後硬直について質問する。
「一本釣り、延縄漁共に漁獲直後にしっかりとショッカー又は銛によって活け〆する。活け〆は、マグロの死後硬直を発生させないための処理であり、氷水による体温上昇の防止処理を素早く行なうことによって、長時間にわたるゆっくりとした旨さの熟成の中での、身肉の褪色防止と鮮度の維持・持続をさせることを可能にさせる。〆が中途半端に行なわれると死後硬直が発生し、身肉がちぢれてしまい、旨さを殺してしまうことになり、死後硬直が解けるまでによけいな時間がかかることになり、セリ値も安くしてしまうことになる。」
 左舷のショッカーが掛かっていた場所で揚げ縄が始まる。動力で巻き上げられる縄に付けられている枝糸を素早く、見事なリズムの中で外してゆく。スルメイカが元気良くそのまま姿を現す。耳に付けられた針を外され、また生簀の中に放り込まれる。耳に3箇所くらいのキズのあるヤツも混じる。3回も役目を果たせず、不本意に生還した証拠だ。延々30分、マグロは来ない。軽い船酔いと息を詰めた緊張の中での酸素不足で眠気が催して来る。
 また船長室に移動する。ホンマグロ漁は忍耐と我慢だと、稔船長は鷹揚としたものであった。他船との情報交換のための交信、私用の携帯電話が掛かってくる。その合間を縫って漁船員への指図をしてゆく。これから水温が9度位に下がると、イカは日本海を南下し、津軽海峡にはイカの群れが居なくなるようになり、その結果としてマグロ漁は終ってゆくことになる。しかし一部のイカ達が大間崎の南西、奥戸(オコッペ)周辺に密かに移動し、このイカの捕獲によってマグロ漁がまだ続けられるのだと言う。これもイカ釣り漁船である第六十八幸福丸がマグロ漁で最大の漁果を上げる原因の一つとなっている。
 揚げ縄約1時間、最後の枝糸がイカを付けたまま上がって来た。今回の延縄の漁果は残念ながらゼロであった。
 ただちに帰港。船は今夜から朝までの漁に使うイカを獲るために折り返し出航。船長の田中稔さんは、佐々木さんと僕を連れてすし屋に繰り込む。田中さんはこの後、さらに深夜から明け方までの漁に出るのだが、佐々木さんと僕は下船することになった。第六十八幸福丸が今夜の漁獲に成功した時、帰港前に宿への連絡をお願いし、本日の泊まりとなっている大間町海峡保養センターに投宿。大浴場となっている温泉にて本日の緊張を解き、明日にそなえる。
 早朝5時ちょっと前、佐々木さんから電話が入る。第六十八幸福丸が、4本のホンマグの水揚と共に帰港すると言う。佐々木さんの出迎えの車で急きょ駆けつけると、漁協前の船着場に意気揚々と凱旋してきた。船上には4本のマグロがスポンジのベッドの上で、シートを被って並んでいた。100k前後が3本と、240kが一本。出迎えの家族達、船長と佐々木さん、そして長山一夫、皆それぞれの思いを込めて、クレーンで吊るされたマグロと誇らしげに、晴れやかに記念写真だ。
◎ 一本釣りでは、サバ・サンマ・スルメイカ・イワシ・トビウオ・シイラ等を時期に合わせて餌とする。必ずしも活け餌とは限らない・
◎ 16.5度から17度の海水温の時にはモンゴウイカが獲れることがある。
◎ 12月から2月が美味のヤリイカは漁獲量が少ないため、全て地元消費となる。  
◎ 海水温が8度でイカは獲れなくなり、10度でマグロは南下、漁も終る。
◎ 3年前、2隻で1億8千万円の水揚をした。
◎ イカ漁船は、200隻から300隻あり、大型巻網船は20ヵ統ある。
◎ 今年は海水温が高めである。
◎ 9月までに来れば一本釣り漁船乗船可。50キロまでは持ち帰り可。
◎ 10月、11月、12月の大間漁協は、ホンマグロ漁と共にスルメイカ、昆布漁も重なり、一番活気のある時期となる。
◎ 一本釣りは海面のマグロを、延縄は底の方のマグロを狙う。
◎ 大間漁協では、延縄漁船が大きな漁果を上げている。一本釣りの漁師達の新たな参入が急増しているのだが、漁獲は博打のような確率になっている。

大間漁協一本釣り漁の歴史
 漁協前には常に7、8人の関係者達がたむろしていた。年配の方に話し掛けると元大間漁協の組合長であった。
泉徳實氏(元大間漁協組合長、80歳)聴き書き
「大間のホンマグロの一本釣り漁は、昭和10年頃から始まったのだが、当時は小マグロばかりだった。戦後、兵隊から帰ってきてしばらく経った27年頃から、100キロ以上の大マグロ漁に挑戦して行き、そのための漁法を新たに開発していった。しかし、当時の大間のマグロは鮮度と発色に難点があり、築地での評判が悪かった。34年、「まるは大洋」の指導を仰ぎ、魚体の上身下身の決定、血抜きの処理、釣り上げ後の海に漬けっぱなしの状態から腹に氷を入れる方法などを教わり、品質が飛躍的に良化した。やがて大間漁協のホンマグロの評価は高いものとなってゆき、38年には1人500万円の漁獲を達成するようになった。一本釣りでは、200k級になると船に水揚できないので、今でもロープで漁協まで曳航することになる。41年には和歌山の漁協にまで指導に行った。松前、竜飛漁協にも指導したのだった。」

漁獲量の推移
大間漁協、ホンマグロの漁獲量の推移
平成3年〜3,613キロ。平成4年〜2,416キロ。
平成5年〜6,500キロ。平成6年〜11,526キロ。
平成7年〜21,730キロ。平成8年〜107,463キロ(100キロ×1,000本)
 平成13年には前年の倍近くになり、990本、7億2千万円、大間漁協の総漁獲高16億円の内の約50%近くとなった。(平成5年には奥尻島沖での地震が発生し、以後のマグロの回遊の変化があったのではないかとも言われる。)

大間産のヒラメ
 この数年、青森産ヒラメの入荷量減少と品質の劣化現象には著しいものがあるのだが、その原因が東京には伝わってこない。11年前、青森産ヒラメの変異の原因を調べに、青森県中央卸売市場の中部水産、下北半島の宮井水産を訪ね、さらに産卵後の全国のヒラメを買いあさり、初めて蓄養ヒラメの出荷に成功した又屋水産についても調べたのだったが、ヒラメの品質劣化の最大原因は水温の異常な上昇にあるのではないかという結論であった。
 平成16年、当時のヒラメ出荷のベスト3に入っていた産地荷主の宮井水産と又屋水産の倒産が発生した。水産業界がバブル崩壊後、さらにさらに厳しい状態に陥ってきている。
しかし、それにしても、この最大手の2社の倒産は何を意味しているのだろうか。この疑問の解消は、今回の大間漁協行の目的の一つでもあった。
 陸奥湾から奥戸(オコッペ)、大間崎から尻屋崎にかけての、東京の料理人達を驚嘆させた高品質のヒラメは、最近ではほとんどお目に掛かることが無くなってしまった。魚体が小さくなり、身質は水っぽく旨みも薄く、脂の乗りによる琥珀色した身肉などは全くお目にかからなくなっている。活け〆の翌日、急激に身質が緩み軟化してしまう始末なのだ。海水温の常態的高温化か、餌になる魚の不足によるものなのか、漁師達ももう一つ原因がハッキリしないと言う。11年前の調査では、夏場の海水温の異常な上昇が原因なのではないかということだったのだが。
 築地ではかって又屋水産が行なって大成功した蓄養を、産地もしくは他地域の荷主が行なっているのではないだろうかと疑っているほどなのだが、産地での蓄養の音沙汰は全く無かった。しかし、現地に来て、最近の特に漁獲量が激減した大きな原因の1つが明瞭となった。ヒラメの一本釣りを本業としていた漁師達が、ヒラメの不漁と重油の高騰によって採算が合わず、一攫千金のマグロ漁に移行してしまっているのだと言う。3トン前後の船で漁をする3k級のヒラメを主体とした年配の漁師達の月収は15万から20万円ほどにしかならないと言う。若い漁師達は大間近辺の漁場を諦め、4トンから4.9トンの船で、大畑から尻屋崎にまで1週間ほどの泊り込みで出漁をしている。k単価7,000円から8,000円付ければ採算がとれるのだが、景気の低迷のために通常3,000円から4,000円のことが多く、採算が合わなくなっている。だからほとんどの漁師達が一発勝負のマグロ漁の魔力にとり付かれてしまい、マグロ漁に移行してしまっていたのだった。
 このヒラメの漁獲量の激減と不景気による魚価の低迷が産地荷受け、出荷業者達の倒産につながったのだろう。
 青森産のヒラメが本格的に良化するのは1月中旬頃になって、水温が9度から10度に落ちてからだと言われる。この水温は、今回の大間行の中で知ったマグロ漁の終漁時期と見事に一致する。マグロの一本釣り漁に移行していた漁師達も、大時化が続く津軽海峡で、脂が本格的に乗りだし、旨さがベストの状態となり、値段も高値を付けるようになるこの時期に、再度ヒラメ漁に精を出すことになるのだろう。冬場の津軽海峡のヒラメは、スルメイカを餌として美味になってゆくと聞き及んでいたのだが、スルメが移動してしまった後、何を餌としているのだろうか。来年こそ水温の低下による急激な身質の良化に期待したいものだ。

11月20日(日)
 午前10時、佐々木さんの案内で、(有)熊寛の事務所を訪ねる。
 熊谷等専務が風邪引きにもかかわらず、事務所に待機して下さっていた。さっそく事務所の裏にある干鮑の干し場を見せてもらった。大量の干鮑が干されていた。外房のクロアワビとマダカアワビの加工はもう終了し、全て出荷してしまっていた。今期のクロアワビの高値は異常で、9月15日の入札では、キロ単価13,600円の超高値を付けたと言う。現在加工中のものは三陸から津軽海峡にかけてのエゾアワビで、11月1日が解禁であった。今年は大不漁年で、サイズも小型のものばかりだと言う。干し場には糸に通して吊るし干しにされたものと、糸を通さずに金網の上で干されている大サイズの網鮑とがあった。大型の鮑は、今ではもう獲れなくなってしまった網で獲った大型のアワビの加工方法がまだ採られ、網鮑と呼ばれ高値となるのだ。ボイルした後170グラム以上のものを網鮑として加工する。今期の現在までの加工総数量は360トン。乾燥は3週間もの、180日もの、4ヵ月半ものとあり、4ヵ月半ものが一番香りが高く、高級品となる。200グラム(加工前)級の干鮑を1連としたものを土産に戴く。
 干し場には大量のナマコが干されていた。
 陸奥湾と北海道産の身肉が厚いナマコで、完成品のナマコの表面にあるイボイボがやけに多く長さが揃っている。このイボイボはフシと呼ばれ、このフシに香りがあり、このフシが高級品の目印となる。干しを戻してもこのフシは見事に再現されるため、品質の見究めになると言う。僕が今まで食べてきたナマコ料理には、これほど目立ったものは無かったのではないか。今後の注目の問題点となった。ナマコは98%が水分のため、250から300グラム級の大型のものを加工する。

干しナマコの加工
1) 縦に庖丁を入れて開く。砂を噛んでいることがあるので、何枚もある腸を完全に処理する。
2) 乾燥室である程度乾燥し、金網に付着しないようにする。
3) 金網の上で1ヶ月半程天日乾燥する。
 昨年は色が薄黒く、身肉が痩せていて品質が悪かったが、今年は良品が揃っているが高値で、生鮮の状態で、キロ単価1,650円。1トンで165万円。1トンのナマコの加工後重量は33キロ。干しナマコは単純計算するとキロ単価5万円となる。1本15グラムのもので、原価750円。30頭(20グラム)で1,000円位。これが料理されると4倍から5倍に売られることになるのだから、ナマコ料理は高値となってしまう。
◎ 大間から車で40分ほど、途中の小田野沢漁協で潜水漁での獲り立てのエゾアワビを積み込み、野牛にあるアワビとナマコの加工場に案内される。小田野沢では1日200キロ、尻屋では300キロ程の水揚があるらしいが、かっての名産地が軒並み獲れなくなっていると言う。加工場には15名ほどのベテランの女性達が待機し、持ち込まれたアワビを瞬く間に剥いてゆく。この加工場独自の道具だと言うアワビの剥き棒が素晴らしい機能を発揮していた。津軽海峡のエゾアワビは、三陸産よりも甘みが強く、肝もネットリトして甘みが強くて旨い。このアワビの肝も大量に土産に戴いた。精力が付きすぎになりそうだ。

干しアワビの加工
(1)剥く。
(2)塩揉みをする(ドラム式塩揉み機で10分ほど揉み、大きな樽の中に2日から3日放置、その間1日に5回ほど棒で撹拌する)。
(3)洗浄。
(4)ボイル。
(5)乾燥。

ウニの情況
◎ 野牛漁協では6月から8月にかけて天然帆立貝が獲れる。1キロで4枚程のサイズで、しゃきしゃきとした歯応えがあって美味だが、ほとんどがフランスへ輸出される。
◎ 加工場の場長の永井由喜さんは、カネサク村上に25年勤務したウニのベテランで、3年前から熊寛に勤務。「大間のムラサキウニ漁は3月1日から6月中旬までが篭漁、12月1日から3月までは突き漁となる。4年前まで最高のムラサキウニが獲れていた易国間は今では全滅してしまった。3年から4年の中玉のウニが一番甘みがあって旨い。5年から6年になると殻があつくなり、甘みが落ちて行き、色も黒ずんでくる。カネサクの金印ブランドは、このサイズの色の綺麗なものを選別して加工した。道南の恵山・鹿部・茅部・椴法華の浅場に生息するアカウニ(バフンウニ)は、数年前の台風による土砂崩れのためにほぼ全滅、シロウニも激減してしまった。12月頃になると味が良くなり、身入りも良くなるために集中的に漁獲し始める。11月から3月道南、4月〜8月大間、7月から8月利尻、7月から9月礼文。北方領土は5年前から禁漁期なし。8月頃の乳を出しているウニは柔らかく、苦みが強いため、そのまま冷蔵庫で2日から3日冷やすと乳が落ち、身が固まる。」
◎ 青森ではミズダコのメスはミズダコ、オスはマダコと言う。関東のマダコはイシダコと呼ばれ、神奈川県横須賀漁協に出荷されている。
◎ 関根浜では津軽海峡でも例外的に刺し網漁をする。9月から4月までは鮭の漁獲のために定置網漁もする。

平成18年1月14日

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