津軽海峡のホンマグロ(その1)
青森県大間漁協と北海道戸井漁協のホンマグロの比較
漁法と事後処理による旨さの捉え方の違い

 平成5年7月12日、北海道奥尻島沖北側に発生した南西沖地震は、北海道のホンマグロの産地分布に大きな影響を及ぼした。それまで秋から冬場にかけての主漁場の一つであった道西の焼尻・天売・小樽・余市等の産地の漁獲が激減し、主漁場は津軽海峡から噴火湾・湾沖へと移動していった。
下北半島の最先端、津軽海峡に面する青森県大間漁協は、昔からホンマグロの一本釣り漁で有名であった。津軽海峡の漁の最盛期は、旨さの旬の最盛期と重なる。豊満な魚体の中に秘められているトロと赤身の旨みには、濃厚さの中に爽やかな血の香りも内包されている。100キロから200キロ級の豪快な一本釣りの伝説と共に、日本近海で獲れる最高品質のものとの評価となっていった。
 この地震の後に、大間の対岸に位置する北海道の戸井漁協が、津軽海峡から噴火湾・湾沖にかけてのホンマグロの延縄漁に本格的に参入してきた。戸井漁協は和歌山県勝浦の漁師の持つ延縄漁の技術を積極的に取り入れたのだった。最新設備を搭載した大型の延縄漁船による船上での迅速・適確な処理は、旬最盛期に漁獲される脂の乗った最高のホンマグロに、さらなる付加価値の評価を得るに至った。最近では大間産よりも高く評価され、高値を付ける回数も多くなってきている。

延縄漁
 漁船より1,000mから3,000mにわたる幹縄を流し、その下に100本から500本の針を吊るし、活けイカ等の餌を付け、1時間から1昼夜の浸水の後、引き上げることによって漁獲する。延縄漁は、漁船に高度な処理設備が搭載され、迅速で適確な処理が施されるため、身肉の保全、鮮度維持には理想的な漁法と最近では見なされるようになった。

 では全く同じ津軽海峡の海域を漁場とする両漁協での漁法、漁獲後の処理方法等にどのような差異があるのであろうか。
1)漁法
◎大間漁協…伝統的に小船による1本釣り漁を主としてきたのだが、最近では大型の最新設備搭載の延縄漁船による漁獲も増えてきている。
◎戸井漁協…全て大型の延縄漁船によって漁獲されている。

2)漁獲後の処理方法

◎大間漁協
(A)一本釣り漁による処理方法
 一人から二人乗りの小型漁船による一本釣りは、釣り上げる漁師の技術が大きく問われることになる。近年の生鮮ホンマグロの一大ブームによる超高値によって、本来の熟練した専門のマグロ漁師に混じり、経験の浅い漁師達、他漁協及び違法船舶等の参入も多々見られるようになっている。
 漁獲されたホンマグロは、直後からの素早い適確な処理の有無いかんによって、品質に大きな格差が生じてしまう。ベテランの漁師達にその点の抜かりはないのだが、漁獲の手際、〆の処理、神経抜き、血抜き、内臓の処理、素早い冷やし込み等の一連の処理に少しでもミスが発生すると、たちまち身肉のヤケ、身割れ、褪色、シミの発生等の欠陥が生じてしまうことになる。大間の漁場では漁の最盛期になると、他所からの参入までも含めて、100艘もの漁船で大混雑の様相を呈するのだと言う。一本釣りでのマグロ漁は、通常では船の上から〆の処理だけを行なう。漁協まで首に通したロープで曳航されるホンマグロは、波間での魚体のバウンドによる血栓の発生、体温の上昇、他船との衝突のトラブル等で、魚体を傷めてしまう危険性も多々発生すると言われる。そして陸揚げされ、漁協で血抜きと神経抜きと内臓の処理、冷やし込みがされるのだが、漁獲から漁協での冷やし込みまでの未処理時間が長くなると当然身肉の焼けを起こす危険性も大きくなる。最近の経験の浅い新規参入の漁師達による処理の未熟さは、大間の伝統的で豪快な一本釣り漁での魚体の手当てに対する不信感を生じさせる一因となっている。
(B)延縄漁による処理方法
 戸井漁協による延縄漁の成功は、大間漁協にも影響を与え、新鋭の設備機器を搭載した漁船が増え始め、船上での迅速・適確な処理がなされるようになった。
◎戸井漁協
(A)延縄漁と高度の処理技術
 一方の戸井漁協では、後発であるが故に真摯な研究と努力を積み重ね、他漁協の知恵と技術も積極的に導入していった。そして最高の品質の状態で出荷するために、新鋭設備機器の搭載のもとに、津軽海峡から噴火湾・湾沖にかけての魚影の濃い漁場で、効率の良い延縄漁を専門としている。大型の延縄船は新鋭の設備機器を装備し、水際での電流による即殺法(ショッカー)も取り入れながら、釣り上げたホンマグロを10分から15分で素早く〆、血抜きと神経抜きを施し、内臓も処理し、氷か氷水での冷やし込みまでもしてしまう。漁獲されたホンマグロを迅速・適確に、最良の技術のもとに処理することを可能にしたのだ。さらに水揚げ後に行なわれる戸井漁協独自の方法がある。佐原の産地荷主である「岩本」が、佐原に運び、従来の横に寝かせて輸送してゆくやり方から、腹を上にした状態で箱入れ氷詰にすることによって下身の傷みを防ぐという、さらに工夫された梱包を施して各地に振り分け出荷していると言う。だから戸井漁協のホンマグロは、この一連の戸井漁協方式によって、高度な品質保証の信用を得ることになり、評価をより一層高くした。しかし、これはホンマグロの価値を決定する脂の乗りと、身肉の鮮烈な香りの旨さの品質保証をしているのではない。ホンマグロの最も重要な最終的価値評価は、たっぷりとした脂の乗りの旨さと、鉄分っぽく、少々酸味を持った鮮烈な血の香りの旨さとの複合的な旨さの有無によってなされる。同時期、同漁場で同じように漁獲されたものでも、一本一本に見事な品質格差がある。船上での迅速・適確な処理は、それに付随する鮮度、色、香り、旨みの維持の素晴らしさの品質保証をしていることになる。
 戸井漁協の漁師は、「〆、血抜き、神経抜きの作業は、死後硬直を24時間ほどの最短時間で解消するための知恵である。死後硬直の一種である身肉の“ちぢれ”現象を起こしたり、身肉が硬く反り返ってしまうのは、この作業が完璧に行なわれなかった時に発生する。」と言う。
 水際で〆られたホンマグロは、船上に水揚げされる時には完全に死んでしまっている。水揚げの時に〆が不完全で、暴れてしまうのが一番悪い情況となる。すでに死後硬直が始まっている場合には、尾が硬直して上がったり(尾上がり)、下がったり(尾下がり)となり、ヤケや身割れの原因になる。天神様と呼ばれる反り返ってしまったマグロは、下身に擦れが生じて身肉が荒れることもあり、安値となりやすい。

〆る…銛をしっかりと急所に打ち込み、または電気ショックで即殺することによって死後硬直を短時間で消滅させる。また鮮度の維持と旨さの熟成時間帯を長くさせることになる。
神経抜き…洋上での電気ショックと、中が空洞の金棒で延髄を抜き、ピアノ線もしくはテグスで脊髄の中枢神経を破壊することによって、即殺をさらに完璧なものにする。 
血抜き…動脈を切断し、血抜きをすることによって、鮮度の維持と解体した後のビオグロビンとヘモグロビンの酸化による生臭さの発生と身肉の鮮紅色の褪色を防ぐ。
冷やし込み…ホンマグロの血合い筋の中心部に31.4度もの体温があると言われ、死後、急激に上昇する体温を水氷で急冷し、維持することによって体温上昇による身肉の劣化褪色を防ぐ。   
  
餌の種類による脂の乗り、旨み・香りの変化
 夏の終わり頃、噴火湾・湾沖から津軽海峡にサンマの群れとスルメイカが回遊してくる頃になると、漁が本格的に始まってゆく。9月に入り、サンマに脂が乗ってくると、サンマを餌として回遊するために、少しずつ脂が乗ってくるのだが、トロの旨さと、本来の鉄分っぽい酸味を帯びた高い香りと旨みはまだ薄い。そして9月から10月に入り、丸々と太って脂の乗ったサンマとスルメイカの回遊が本格的になって来ると、漁獲と旨さの旬へと突入してゆく。11月、豊満な肝を内蔵するスルメイカの群れの回遊がさらに本格化すると、ホンマグロ特有の鮮烈な香りと旨みが強くなり、脂も濃度を増してたっぷりと乗って来る。大トロのジャバラの筋さえもが、まるでアイスクリームのようにとろける程の最高級のホンマグロの水揚げとなる。

水温の変化による、“上りマグロ”と“下りマグロ”の発生。
 日本海の各地では、春先から初夏にかけて“上りマグロ”が獲れ、秋口から1月中旬(特に吹雪が吹く頃)にかけ、適水温以下になると南下してゆく“下りマグロ”が獲れる。津軽海峡では海水温が16度以下になると釣れなくなる。餌のイカの漁獲が極端に少なくなるのが原因だと言われる。
戸井漁協と大間漁協の延縄漁の実態
 延縄漁での餌は、釣りの活けスルメイカを用いる。戸井漁協では、スルメイカを追いかけてくるホンマグロを専門に漁獲するので、大間のホンマグロよりも旨いと主張する。しかしこの時期、サンマとスルメイカの双方を餌として回遊して来るホンマグロの内、イカだけを追いかけているホンマグロを選別して漁獲できるのだろうか。脂の充分に乗ったサンマと肝のたっぷりと大きくなったイカの両方を食することによって、豊満な脂の乗りと芳醇な香りを身肉に湛えることが出来るのだと言われる。

戸井漁協、延縄漁船のある日の一例
180パイの活きているスルメイカを、45mから50mの間隔に3本づつ仕掛けられた針に付けてゆく。50×(180÷3)=3,000m。
延縄幹縄の長さ 3,000m
針数      180本
餌       活けのスルメイカ
ハリスの長さはそれぞれの企業秘密となる。

大間漁協、延縄漁船のある日の一例
幹縄の長さ   1,000mから2000m
針数      300から500本
餌       活けのスルメイカ
延縄の浸水時間 約1時間
投げ縄の時間  約30分
揚げ縄の時間  約1時間
 大間漁協の漁場では、午後4時までは一本釣り漁のみで、その後に延縄漁が行なわれる。潮の流れの良い時には、一晩に2回から4回位縄入れをする。
 延縄の長さは戸井、大間それぞれの船によって、また捕れたイカの数によっても変化する。又、ハリスの長さはそれぞれの船の企業秘密になると言う。

北海道の漁場と漁法、漁期(その1)
内浦湾(噴火湾)と湾沖の漁場
 内浦湾及び湾沖でのホンマグロ漁は、定置網漁も一部あるが、大半が延縄漁によるもので、塩釜・他県漁船による巻網漁も行なわれている。津軽海峡に位置する戸井西部・恵山漁協も延縄漁で積極的に出漁している。
戸井漁協(延縄) 7月から12月
恵山  (延縄)    〃
椴法華 (定置網)4月から12月
南茅部 (定置網)   〃
鹿部  (定置網)   〃
佐原  (延縄) 7月から12月
長万部 (定置網)   〃  
室蘭  (延縄)    〃
白老  (延縄)    〃
鵡川  (延縄)    〃
尻岸内 (延縄)

宮城県塩釜(巻網) 随時

巻網船
 巻網船は湾内には入れない。湾外でも操業可能な海域は限定され、自由海区なら許可のある船は自由に操業することが出来る。
 昨年の巻網船の漁獲はかなりの数量となったが、今期はマグロの魚影が薄いこともあり、ほとんど漁獲されていない。
※巻網船により定置網が壊される事件が多発したために、今期は蛸壺漁の蛸壺を多数仕掛けることによって、巻網船の漁場への侵入を阻止していると言う。
※鵡川漁協
 今期、平成17年、鵡川の延縄漁による漁獲が8月早々から始まり、新しいホンマグロ漁の産地として注目されている。しかし、噴火湾から湾沖の漁場での早期の漁獲の増大は、後の回遊先である津軽海峡での漁獲を減少させるのではないかと憂慮されている。高収入を得られる可能性のあるホンマグロ漁は、日本の全漁協羨望の的となっているのだが、魚群の回遊の有無と、好不漁のリスクのためにおいそれとは参入することは出来ない。

北海道の漁場と漁法、漁期(その2)
道西…瀬棚から余市、小樽・天売・焼尻・羽幌にかけての漁場
 奥尻島沖北側に発生した南西沖地震以後(地震が唯一の原因とは断定出来ないのだが)、漁獲は激減し、廃業に近い産地も出現している。天売・焼尻等からの素晴らしいホンマグロの入荷は絶えて久しい。

遠別 (定置網)7月から10月
初山別  〃     〃
※現在、マグロの入る沖網は設置されていないために全く入荷して来ない。
羽幌 (延縄) 8月から9月
焼尻 (延縄) 8月から9月
天売        〃     〃
※今年は日本海での漁獲が多かったので、もし操業すれば漁獲されたかもしれない。
小樽 (定置網)10月から12月
余市   〃     〃
古平   〃     〃
寿都   〃  9月から12月
瀬棚   〃     〃
※ブリは獲れるのだが、ここ数年マグロは獲れない。
江良 (延縄) 7月から12月
松前   〃     〃
吉岡   〃     〃
※ 北海道江良・松前・吉岡は7月から9月頃までの時期にはまだ餌が豊富ではなく、餌探しで消耗し、痩せているマグロが多いが、吹雪が吹き始めると下りマグロが獲れ始める。
※今期、7月から9月にかけての噴火湾、鵡川のマグロ漁は、早くからの脂の乗ったサンマの大群の回遊によるもので、水温と餌の変化により、旨みと香りが少しづつ変化し、強いものになった。
※3月から4月にかけての山口県見島から長崎県壱岐の漁期終了頃から宮崎県日南、和歌山県勝浦の春マグロ漁への転換期、両者を交互に使用しながら、イカを餌としている見島・壱岐海域のマグロの旨さ・香りの良さを痛感させられた。日南・勝浦では脂のないマアジ・ムロアジ・トビウオ・カツオを餌としているための当然の現象なのだと言われる。津軽海峡では、11月から12月、1月にかけて、スルメイカが本格的に大きく成長し太り、肝もたっぷりと大きくなった頃に、ホンマグロの旨さの旬の最盛期となる。
※山口県見島のホンマグロ
 12月から1月にかけ、津軽海峡では水温の低下の始まりと共に、餌となるスルメイカの漁獲が少なくなってゆき、やがて一本釣り、延縄漁が終る頃、餌を求めて急激に日本海を南下するホンマグロの一群が、見島近辺に達すると言われる。大間の釣り針を飲んだもの、魚探を付けたものが釣られると言う。
 海水温の常態的な上昇が、産卵場所と産卵時期の多様化をもたらしているらしく、定説が覆されている。以前は大東島近辺とか言われたが、現在はもっと広範囲になると言われる。

定置網漁
 半日から丸一日仕掛けられる定置網は、どうしても処理手当ての〆、血抜き、冷やし込みが手遅れとなり、不要な体温の上昇による身肉の緩みと焼けを起こし、褪色の原因となってしまうことが多い。柵取りし、使い始めてからの熟成期間中に、急激に変色する事態も多発し、旨さの熟成と褪色の早さとのバランスの取りかたが難しい。2日間ほどの熟成の時が良いとされるのだが、使用上の問題で嫌う店も多い。新潟県佐渡・両津漁協では定置網によるホンマグロの漁獲がなされているのだが、一本釣り漁を開拓すべく、一本釣りで有名な基地の見島漁協の見学を打診していると言う。付加価値に大きな差が発生するからだ。

巻網漁
 ホンマグロを専門に漁をする巻網船はいない。他の魚、サンマ・イワシ・カツオ等を獲っている漁船が、シーズンになると漁場でホンマグロ漁も並行してすることになる。巻網船には通常、マグロを処理するための高度な装置は装備されてはいない。漁獲されたマグロは〆、神経抜き、血抜きは行なわれず、冷やし込み等の適確な処理も遅れることがある。漁場も漁協から遠く、また遥か沖合いになることが多く、鮮度落ち、身焼け、変色劣化にさらされているものも多く混じる。浜で1日、輸送に1日、築地への入荷は3日目位になり、この間に硬直は解消されてしまうと言う。時間経過による鮮度落ちの危険性は大きいのだが、血抜き、神経抜きをしていないため、血液に内包する高い香りを持っている。旨みの熟成の時期も早く訪れるのだが、血抜きをしていないために酸化と褪色が早く、旨み・色・香り共に急激に劣化してゆく。それ故に、築地市場では巻網漁のホンマグロの評価は低いものとなる。巻網漁物は熟成が進んだ状態で入荷するため、購入後直ぐに食すと旨いと言うことになる。

引き綱漁
 引き綱によるホンマグロ漁は極少で、結果的に漁獲後の手当てが悪くなり、鮮度落ち、身焼け、変色劣化してしまうことが多く、巻網漁と同じような欠点を持っており、マグロの漁法としては一番評価が落ちる。

一本釣り漁、延縄漁、巻網漁、定置網漁の本マグロの旨さ
 旨さの要素には、旨み・色・香り・食感とがあるが、ホンマグロの旨さの中では、旨み・香りと共に、見事な鮮紅色が鮮度と旨さの証明と見なされる。血抜きと冷やし込みは、熟成中の酸化過度と体温の上昇による身肉の生臭化、褪色劣化を防止する大切な作業となる。
通常、白身の魚を締め・血抜きする目的は、死後硬直を解消し、身肉のプリプリの食感とその後の締まりの状態を長く持続させることにある。旨さの熟成の時間をゆっくりと長くさせ、熟成の最高ポイントを遅い時間帯に持ってゆくことを目的とする。ここでは食感も重要な旨さの要素となっている。しかし、ホンマグロの場合は、このプリプリの食感の旨さを求めるのではなく、死後硬直を短時間で終らせ、その後の鮮度と発色、熟成の時間帯を長く維持することによって、品質の評価となる旨さの許容時間を長くすることを目的とする。〆、血抜き、冷やし込みの適確な処理がなされた200キロ前後の大マグロを氷の中で熟成させてゆくと、2週間ほどまでも見事な発色の維持と、旨みの熟成を持続させ、さらに旨みが増してゆくことになる。
 しかし、旨みを醸し出す熟成時間の長期化は、一方では鮮紅色の褪化を促し、血の香りは時間の経過と共に消失してゆくことになる。使用の前半時には、鮮やかな発色の「色」と鮮烈な「血の香り」の立ち上がりを持つ旨さを愉しみ、後半時にはその消失を伴ないながらも、徐々に醸しだされてゆく濃厚な「熟成の旨み」を愉しむことになる。1回の仕入れが4キロから8キロほどの大量となるために、消費・回転時間が長期化することによって、他の魚にはない旨さのとらえ方の愉しみが生じる。ホンマグロの旨さの捉えどころには微妙な選択の余地があることになる。
 仮に、同時期に、同漁場で、同レベルの品質のホンマグロが、異なる漁法・処理方法のもとで水揚げされたとすると、早い時期のピンポイントの旨さと高い香りを志向するためには巻網漁ものか定置網漁ものを選択することになる。鮮度と旨み・香り・鮮紅色の発色の持続を長く愉しむためには、香りの発生が少し抑え気味にされることになる一本釣り漁か延縄漁ものを選択することになる。要はどちらの旨さを採るのかの選択なのかもしれない。しかし、近年の漁獲量の減少は著しく、時期と漁場によっては漁法による良否の選択など言えない情況と成っている。

すきやばし 次郎

「『釣り』や『巻網』のまぐろを扱う仲買さんと取引するようになって、『延縄』のまぐろを使わなくなった…。大間、松前の一本釣りのマグロは釣り上げた後の手当てが素早いこともあって、脂がしつこくなくて、香りが豊かです。それもできれば150kg以下のものがいい。水温によっては身が『焼け』てしまうのが欠点です。巻き網も同じように肉質がさらりとしています。延縄は『焼け』が比較的少なく、色変わりが最も遅いので長期間使えるよさはあるのですが、脂がしつこくて、香りが私好みじゃない。タチがよくないんです」
 二郎さんのこのホンマグロ評には、かなりの個人的嗜好の反映と情報の錯綜があるようだ。

〆、血抜き処理と旨さとの関係
〆、血抜きをしない旨さ
富山湾・佐渡のメジマグロ、寒ブリの旨さ

 富山湾と佐渡の海域の大謀網(定置網)に入るメジマグロと寒ブリは、他の産地のものには無い感動的な旨みと香りを持っている。大量に食している餌の種類による旨み・香りなのだろうが、この香りは成長したホンマグロの身肉が内包しているものと酷似している。たっぷりと肝の太ったスルメイカが餌なのかもしれない。 
大謀網(定置網)は、最盛期になると1日に2回網揚げされる。8キロから20キロに及ぶメジマグロ(ホンマグロの少年期)と、10キロから15キロ級の寒ブリは、大量に漁獲されるために、〆、血抜き、神経抜きの処理をせず、氷冷蔵の状態で出荷され、築地に入荷して来る。このメジマグロ、寒ブリは、〆、血抜きをされていないために、血液に内包する高い香りと旨みがあふれている。

定置網漁のメジマグロ
 メジマグロの旨さの香りは、ビオグロビン、ヘモグロビンに含まれる鉄分によるもので、金属っぽい酸味を帯びた血の香りは、口中いっぱいに胸がときめく程に立ち上がり広がってゆく。脂はたっぷりと乗りながらも爽やかにとろけ、決してくどさを感じさせない青春期の旨さを持っている。しかし、4日目頃にはもう褪色と芳醇な香りの消失が急激に起こり始め、熟成の旨さの最盛期も終了してゆく。(このメジマグロを〆、血抜き、神経抜き、冷やし込みの完璧な処理のもとに熟成させて食したらどのような旨みの変化となるのだろうか。)

定置網漁の寒ブリ
 10キロを越える佐渡・富山湾の寒ブリは、水揚げ後丸2日以内には築地に入荷する。氷冷蔵入荷の寒ブリはもうすでに、身肉の中に芳醇な香りを放ち始めている。2日から3日の熟成経過の中でさらに高い香りと絶妙な旨みを発揮することになるのだが、その後は香りが消失してゆく。
 氷見漁協が行なう活け出荷による築地での活け〆、血抜き、神経抜きの寒ブリの旨さは、産地で賞味される「キトキトのブリの旨さ」のことで、鮮度維持・身肉の色艶の発色維持には効果的なのだが、プリプリの食感は、熟成による旨みと香りの立ち上がりを見逃すことになる。身質は締まりの状態を長く持続させ、定置網漁による寒ブリの最高の旨さを味わい損なうことにもなる。これは何を意味しているのだろうか。定置網漁のメジマグロ・寒ブリの旨さを堪能するには、〆、血抜き、神経抜きの処理は不要となる。

醤油とマグロ
 ホンマグロは濃い口醤油と出会うことによって、香りと旨さをさらに明確に強調することが出来るようになった。醤油との出会い無しに、ホンマグロの旨さの浸透はあり得なかったに違いない。

調査・資料提供協力:築地中央卸売市場 仲卸「まぐろ石宮」 東水 押方常務

平成17年10月24日

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