腰越漁協行
平成17年7月2日、3日

杉半商店
 昨年頃から数回、腰越の釣り鯵の噂を聞いていた。少しサイズが小さいのだが、皮が柔らかく、適度な脂の乗りと甘みがあると言う話であった。これは見事に黄鯵の旨さに付いての話と一致するではないか。当店の釣狂ちのお客さん達から情報を集めたのだが、あの辺ではもう黄鯵は釣れないのではないかとの推測であった。今までで、腰越から入荷する魚で使用したことのあるのは釣りものの白キスと真ゴチだけであった。特に白キスは鮮度の維持が素晴らしく、甘みもあって、東京の高級天婦羅屋さんの間で高く評価されるものであった。この近辺の漁場はかっては黄鯵の名産地であったが、随分の長い間に渡ってその音沙汰を聞いていなかった。7月の始めの黄鯵にとっての最盛期の時期をえらんでの腰越行であった。「誠和水産」を通して、荷受けの「丸仲」から腰越の産地荷受けである「杉半商店」を紹介してもらう。

 杉半商店は江ノ電腰越駅から数分の所であった。訪ねて行くと旦那さんが店先で待っていてくれた。挨拶もそこそこに、店先の荷分け場でお話を聞くことになった。
「去年から今年にかけて、本当に魚が獲れなくなっている。半分開店休業の有様が続いている。黄鯵は、5年前頃までにはそこそこに獲れていたのだが、この2年は極端に獲れなくなった。腰越の浜の一番手前に張られた2人から3人で揚げる小さな定置網に、たまに入ることがあるのだが、築地に出荷するほどの量ではなく、地元での消費で終ってしまう程度のものに過ぎない。あまりにも量が少なく、最近では辻堂のすし屋に全部出荷してしまう。明日の朝6時に江ノ島のヨットハーバーの横にある漁港で、漁船「文四丸」の朝一番の刺し網漁の魚を受けに行く。」との話だった。

 今回の腰越行は、日曜朝一番の漁の模様と黄鯵の情報を得るためである。今夜の泊まりは江ノ島の中にある旅館の老舗「岩本楼」。稚児であった弁天小僧が勤めていたと言う名門旅館である。翌朝の漁港行きにはもっけの場所にあった。

 朝6時、杉半商店の杉本さんの荷受けはもう終った後であった。しかし本日の刺し網漁の成果は少ない。メバル少々・黒ダイ2匹・真ゴチ2匹・赤シタビラメ少々。たったのこれだけであった。杉半さんが出荷準備のために帰店の後、片瀬江ノ島漁協の会員であり、

 文四丸の船長でもある漁師さんに話しを聞く。刺し網の片付けをしながらの話であった。
「ここの漁協では、もう釣り漁をしている漁師は全くいない。あまりに魚が獲れないために、刺し網漁が主体となっている。この2年は特に、近年まれなほどの不漁となっている。

 海の中がヘドロと釣り客達のオキアミで汚染され、海底が1m程浅くなってしまっている。この何年もの間、2月から3月にかけての、3月またぎの、20mから30mの強風の春一番が吹かない。台風もこない。春一番、台風は海底の掃除を見事にしてくれるのだが、それもないために不漁に輪を掛けてしまっている。江ノ島の岩谷のまえに良い棚があるのだが、1mも埋まってしまい、魚がいなくなってしまった。

 5年前頃まで、1kで20から30匹のメアジが1日30k位獲れたのだが、この2年は全く獲れなくなってしまった。漁師は本業よりも遊漁船のほうが儲かるので、皆遊漁船をしている。遊漁船で釣るアジは沖に出るため全てクロアジで、黄アジは混じらない。昔黄アジが釣れたのはこの辺から平塚の手前までで、その先はクロアジだけになる。この船を片付けてから、おれは江ノ島遊覧船の船長をやりに行くんだ。そこそこの稼ぎになる。片瀬江ノ島漁協はもう俺達で終わりだ。あまりにも魚が獲れずに、後継者がほとんど0に近いんだから。」

 話は悲惨だが、どこの漁協へ行っても聞かされる台詞で、話す方もアッケラカンとしたものだった。
 あっという間に7時になってしまった。定置網漁を見るために、大急ぎで腰越漁協へ向かう。タクシーで5分、腰越漁協で一番岸辺に近い所に張っている「池利丸」の定置網2ヶ統は、すでに漁を終え、漁協裏の作業場で漁獲魚の選別をしていた。
 ヒコイワシ・小羽イワシ・ワカシ・ムツッ子・真サバ・胡麻サバ・カンパチ・トビウオ・マアジ。

 半分以上がヒコイワシであったが、中に黄アジに少し似たマアジが大小20匹ほど混じっている。選別作業は約1時間におよんだ。その間、顔見知りの観光客か近隣の買出し人が、少しづつ魚を買ってゆく。小売りもしているのだ。選別も終わり、検量し、発泡スチロールのコツ箱に魚を並べてゆく。大方終った頃に声を掛けた。腰越に黄アジを見に来たこと。杉半商店に寄ってきたこと。僕が東京のすし屋であること。本来このアジは杉半商店さんのところへ引きとられて行くものなのだろうが、僕が全て分けてもらっても良いのだろうかと言う相談もしたのだが、今日は量が少ないので構わないだろうと言うことで、全て僕が買い取ることになった。小サイズ・中小サイズが大半で、中サイズが3尾ほど。サイズも大小見事にデブロクであった。1.5k×1,500円=2,250円。大小込みで23尾。1尾約100円。

 釣り道具屋で小型のコツ箱を手に入れ、海水と氷とアジ。密閉して店に直行。そのまま冷蔵庫にしまう。松栄丸の黄アジとほぼ同条件の下での味の比較をすることにした。
 翌夕、味見。小アジも中小アジも中アジも微かな歯応えを残しながら、品の良い甘みをたたえていた。23尾のアジ達は黄アジ系の旨みを持っていた。
 しかし、このアジは継続的には漁獲されないということ。たった23尾のアジが大小様々であること。地元のすし屋が最優先で契約しているらしいこと。仕入れ障害の壁が厚いようだ。

 腰越はシラスの名産地でもあり、地元では観光客用に様々に工夫し、土産・名物にしている。漁協横のシラス屋さんでは、釜揚げのシラスと自家製セグロイワシの一夜干しを名物にし、観光客がしっきり無しに詰め掛けていた。しかし本日のシラスは大不漁のために、出来合いのシラスを平塚から購入し、観光客の土産用代用品にしていた。

平成17年7月27年

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