「天然」車海老(クルマエビ)

 すし屋の仕事は、築地市場での毎朝の仕入から始まる。この朝の仕入れはすし屋にとってその日一日の仕事のための、最も重要な始りとなる。仕入で、いい魚が手に入らないと、後の仕事がうまくつながっていかなくなる。ある日、毎朝寄って仕入をする仲買人の一人である海老問屋の番頭さんが、思わず嘆いてもらしたのだった。
 「車海老がもう一つ売れないんですよねえ…」 
 海老の種類はかなりの数に上るのだが、それらの中で最も香りが高く美味である車海老がなぜ売れないのだろうか。海老の消費量は、年々増加し、大量に消費されているのに、なぜ最高級品の車海老だけが売れないのだろう。この時、車海老について、改めて考えてみることとなった。
 これは昭和60年、15年前頃の話で、まだ日本経済はバブルの真っ最中であったが、海老の世界では輸入物の冷凍エビの全盛の時代となってしまっていた。
 中華料理の世界では、最高級店をも含めて、ほぼ全部の店が原価を下げるために平気で冷凍物を使っている。フランス、イタリア料理の世界でもほぼ同じ状況で、たまに活けの車海老を使っていても値段の安い、二級品の海老を使っていることが多かった。日本人が最も旨い最高の車海老の凄さを知らないとでも思っているのであろうか。日本料理の世界では、さすがに車海老の旨さを熟知していて、高級店では、味のよい最高品を使っていたのだが、利潤追求主義の商売の横行は、日本料理の世界でも例外ではなく、原価を落とすためにじわじわと判りにくいところから手抜きを始め、結果的に海老の品質も落としていくような状態となってきていた。天然物から養殖物へ、さらに中級から下級な養殖物へ、活けの車海老から上がりの車海老へ、上がりから冷凍物へと下降転化されていったのである。
 このような状況の中で、例外的な存在は、一部の良心的な天婦羅屋と、すし屋たちであった。天婦羅屋とすし屋は、そのお客さんたちをも含めて、国産の車海老の旨さを熟知していたからである。熟知していたら、手抜きは出来ないではないか。
 では、江戸前のすしネタの中で、車海老はどのような存在価値と位置を占めているのであろうか。

車海老と江戸前鮨
 近年車海老は、江戸前すしの中で、一種の飾りネタのようなものにされてしまってきている。
 ネタケースの中で、あるいはまた一人前の握りすしの中で、車海老の華やかな姿と色は、その鮮やかな朱色とあいまって、際立って美しく、華麗に映えている。それゆえに、車海老は派手な姿形が主役となってしまい、最も大事な旨さの世界が従となってしまったのであろう。見栄えをよくするためにだけ使用されるという、不幸な状態に陥ってしまったのである。
 昭和40年、僕がすし屋の世界に足を踏み入れた当時、すし屋の車海老の仕事とは、朝一番に仕入れてきた車海老を、串を打ってボイルし、殻を剥いて開き、立て塩で洗い、薄い甘酢に漬け、その後、ざるに並べて水気を切る、ということであった。この全ての仕込みを終えてからネタケースに並べる。それを注文に応じて握っていったものである。時には消えてしまった甘みを再び加味するためにおぼろを挟んだりもしたものである。当時全盛であった出前用の冷凍のメキシコ海老も同じように仕込んでいった。活きている躍(おど)りの車海老は、活きたまま躍り食いするためのものであり、それがまた江戸前すしの粋であるという風潮があった。
 そしてある時、気が付いた時には、すし屋のカウンターで、自分のお好みで食べるお客さんの中に、ボイルされた旨い車海老を注文する人がほとんどいなくなってしまっていたのである。
 これは当然である。すし屋の車海老が少しも美味しくないからである。戦前、戦後すぐの、輸送が悪く、冷蔵設備の無い時代の仕事が延々と引き継がれてきていたのである。
 ボイルし、仕込みをし、相当な時間の経過と共に、冷蔵庫で冷やされた車海老が旨いはずがないのである。
 海老、蟹、シャコ等は、ボイルしたてが旨い。後は時間との勝負となる。時間の経過と共に、甘さ、旨みが落ちてゆくのである。一人前のすし、出前のすしの中では、旨さは二の次ぎで、彩りのためだけに入れられることになってしまっていたのである。ここには、車海老の旨さを最高の状態で愉しんでいこうという美味の追求の姿勢が全く欠けてしまっていた。

車海老と天婦羅

 車海老の料理で、その旨さの持ち味を最高に生かしているのは、天婦羅である。
 天婦羅の世界では、一寸気が利いたいい店に行けば、どの店でも皆、車海老の躍りを、注文に応じて揚げてくれる。活きている車海老を目の前で殻を剥き、瞬時に揚げてくれるのである。海老の身肉の中心がちょっと生で残るぐらいのぎりぎりに揚げてくれると、身肉に弾力があり、見事に甘くて旨い車海老の天婦羅となる。天婦羅は、ボイルの際に熱湯の中に流れ出す、旨さのロスすら全くないという。そのロスは、衣が見事に受け止めてしまうからである。さらに、揚げたての熱々の温度の天婦羅は、口の中で少しづつ温度を下げながら、車海老の豊満な甘さを引き立て、満喫させてくれるのである。この最高の旨さがある故に、天婦羅屋さんでは、車海老が最大の主役となる。だから、天婦羅屋さんでは、お客さんは真っ先に車海老を注文するし、店側も、なにを置いても最初に車海老を揚げてくれるのである。しかし、近年、天婦羅屋さんが揚げてくれる車海老は、ほとんど全て養殖物となってしまった。天婦羅に最適の大きさの「サイマキ」は、すでにもう天然物では常時揃わなくなってしまったのである。

車海老と海老の王様
 姿形の威容から、伊勢海老が海老の王様であるという言われ方がよくされる。しかし、加熱された後の見事な朱色と、口中いっぱいに広がってくる強い甘さと香りをも含めていうならば、車海老こそ海老の王様にふさわしい。ロブスター、オマールは伊勢海老の甘さと旨さにはかなわない。さらに、伊勢海老は、車海老の甘さと旨さのまえには顔色無しなのである。さらに、近年人気のある甘海老、ボタンエビ、トラエビ、シマエビの旨さは、生食の際に限られ、単調であるが独自の強い甘みを持っている。しかし身質の締りと香りに欠けている。加熱すると、水分と共に、甘みも流出してしまい、さらに身質も硬くなり旨さが失われてしまう。これでは海老の王様である車海老とは旨さの比較のしようがないではないか。

車海老と甘海老
 以前、当店では、北陸、北海道の甘海老も使用していた。昭和50年頃より築地に入荷し始めた甘海老は、すでに一世を風靡し、その流行は、海老の王座の位置を占めるほどに至っていたようである。人気は明らかに車海老を上まわり、海老のお好みの注文は、ほとんど甘海老を意味しているまでになっていた。しかし、両者を公平に比較してみれば、車海老は、握りすしとの相性もよく、甘みも香りも、身質の締り、ふくらみの旨みも色彩も、全ての点で甘海老に勝っていることが判る。車海老の旨さ、凄さをあらためて、さらにもっと知ってもらわなければならないではないか。以後、本物の車海老の旨さを追求し、認めてもらうために、当店では、甘海老の使用を止めることにした。いよいよ車海老と心中して行くことになった。

車海老の旨さの捉え方
 活きてぷりぷりしたヤツの躍り食いが旨い。
 この躍りを、熱湯の中で、速やかに、身肉の中心がホンの少し生である状態に茹であげると、殻の中で身肉は弾けわたり心地よい歯応えが生じてくる。さらに一層甘みが引き立ち、豊満な車海老の香りまでが立ち上り、旨さが倍加されてくる。
 では、この車海老の旨さを握りすしの中に、忠実に再現しさえすれば、お客さんが、立食のお好みで積極的に注文してくれるはずだ。そのためには、なにをしたらよいのであろうか。

車海老の握りの旨さのために
(イ)活けの天然の車海老にこだわる。
(ロ)おが屑の中に入れられて来る、活けの天然の車海老は、そのままおが屑の中に入れておき、生け簀は使わない。その日のうちに消費することを原則とする。生け簀の利用は使用サイクルを長く、ルーズにさせ、海老を不当に痩せさせ、不味くさせるだけである。 
(ハ)注文されてから、おが屑の中からビンビンに活きているヤツを取り出してボイルする。
(ニ)塩と酢を少し落とした熱湯の中で、すばやくボイルをする。ボイルはミディアムレア。
(ホ)熱々の中ですばやく殻を剥き、アツアツの状態を速やかに握って出す。
(ヘ)まだ温度のある内に、醤油、または天然の塩で食べていただくようにする。温度は旨さ、甘さの大きな味方である。他の余計な事は一切やらない。
 以上が、僕の捉えた車海老の旨さの愉しみ方であった。
 たったこれだけのことである。こんな単純なことが車海老の旨さの全てなのである。
 海老問屋さんの売上に協力してやるということが、結果的に車海老の新たな旨さの追求につながってゆくことになり、やがて当店の看板ネタの一つとなっていった。
 しかし、この単純な旨さの追求が、意外にも多くの難問と壁との出会いとなった。

天然車海老の通年にわたる継続的使用の壁
 昭和30年、40年、50年と倍々ゲームの状態で減少していった天然の車海老の漁獲は、昭和の終わり頃にはもう絶望的な状態となっていた。各産地では、ほんのわずか、断続的にしか獲れなくなってしまっていた。

1、素材の仕入

 40年頃、山口県秋穂で始まった車海老の養殖は、50年頃よりいよいよ本格的に事業化され、各地に広まっていった。そして、瞬く間の内に養殖車海老が市場を席巻していった。量産化に成功した養殖の車海老は、天然物の大激減の代替として、やっと間に合い、市場での車海老の主導権を握っていった。そして、車海老に限っては、天然も養殖も味が変わらないという業者の言い分を、天然物の入手の代替の口実にしていった。しかし、車海老の旨さを追求するのならば、可能なかぎり、天然物の車海老の旨さにこだわるべきなのである。
 旬に入った天然の車海老の匂い立つような香りと甘み、殻の中で身をパンパンに太らせながらも、きめこまかく密度の高い身質。特に茹であがり直後の熱々の身肉の甘さと香りは、「我こそ海老の王様なり」と、声高々に主張しているようである。
 しかし問題は、天然物がすでにもう、手に入り難い状況になってしまっているということであり、また外見上では、なかなか両者の区別が出来にくいということであった。
 そこで仲買人との相談であった。海老屋さんの嘆きに僕が応える代わりに、こんどは海老屋さんが僕に協力する番である。
(イ)セリ場では天然物を徹底的に探し、あれば必ず入手すること。産地も正確に知らせること。
(ロ)天然物の入荷が無い時、入手できなかった時は必ず正直に申告すること。養殖物を偽って出したり混ぜたりしないこと。両者の純粋な比較対照が出来なくなってしまうためである。
 以上の二点で天然物と養殖物、天然車海老の産地別の違いを知ることが出来るはずである。
 車海老だって、養殖場の中で飼育、育成されたものよりも天然物の方が旨いに決まっているのである。心ある産地では、天然物の保護育成のために、積極的に稚魚の放流を行っている。
 江戸前物は初夏の頃からほんの一時期にしか入荷してこない。三河湾物も断続的にしか獲れなくなってしまっている。瀬戸内物も同じ状態である。九州物が各地を含めると比較的継続的に入荷してきている。この本来の旨い天然物を仕入れるために、海老屋さんと協力し、全国各地の車海老を転々と追いかけていくことになった。
 東京湾内湾の富津、竹岡、木更津、小柴。愛知県・三河湾の一色、幡豆、豊橋。静岡県・浜名湖、入出、浜名。三重県・安乗。愛媛県・生名、垂水。山口県・秋穂、長浜、埴生、宇部。愛媛県・伯方。大分県・長洲、姫島、国東、杵築、別府、大分、臼杵、佐伯。熊本県・八代、日奈久、二江、長洲、天草。長崎県・島原、野母崎、深江。佐賀県・太良。宮崎県・延岡。秋田県・天王町。
 以上が、この15年もの間に追いかけていった産地である。
 この間、空輸、トラック便による画期的な流通の変革が、各地からの車海老の入荷の大きな味方となってくれた。尚、これらの産地は、車海老の生息環境としては、最適の地であるため、主要な養殖場の所在地と重なることが多い。

2、鮮度と旨さの追求

 車海老の旨さは、鮮度が勝負である。活きているヤツを、茹でたてで食べると旨い。そのためには、車海老の仕入は、全て活きている躍りを仕入れる必要がある。
 活け造りブームの中で、飲食店は自分の店の生け簀の中で魚を泳がせ、見世物にすることを店のシンボルのようにするようになった。しかし、生け簀の中で生かされている魚は、身が痩せてしまう可能性も多々あり、決して旨い状態の魚とはいえない。これは、車海老にもいえることである。産地で、おが屑の中に入れられ、輸送されてくる活けの車海老は、店の生け簀の中に入れてはならない。おが屑の中で生きているその日の内に使いきるのが旨さの保持の秘訣である。これは、使い残した時の上がりの車海老は使わないということを意味することになった。

3、天然の車海老の大きさのばらつき

 車海老は、サイズによって、サイマキ、マキ、クルマ、大クルマと名前を変える。
◎サイマキ〜体長10センチ以下まで。
◎マキ〜15センチくらいのもの
◎クルマ〜20センチくらい
◎大クルマ〜20センチ以上
 養殖の海老と違い、天然の車海老は、サイズがばらばらである。天婦羅にはサイマキ、握りすしにはクルマが最適の大きさであるといわれる。しかし、天然物を追いかけていくと、ほとんどの時期、クルマと大クルマの中間ぐらいのサイズになってしまうことが多い。一口では少し無理で、二口で食べる位の大きさの握りすしになってしまうのである。これは、従来の考え方からするとちょっと辛いのであるが、しかし、結果的には身肉の見事な甘さと香りと、その量感を十分に味わい愉しむことが出来ることになった。
 かくして、少し大きめの天然の車海老の躍りを、注文を受けてから半生強の状態に茹で、熱々の内に握るという、車海老の旨い食べ方としては最も理想的な方法を追いかけられるようになった。お頭は、たっぷりの塩の上で、殻が白っぽく変色するまで、じっくりと焼く。殻ごとぱりぱりと食べられるようになる。殻の香ばしさ、鬼がら焼きの旨さを倍加させてくれる。


 車海老は、6月頃から9月にかけて産卵する。天然の車海老は、初夏から夏場にかけ、産卵のために浅場に移動してくる。その結果、漁獲量が少し多くなってくることになる。車海老の雌は、体内に卵を所有し育成させる。交尾の後、雄の精子を体内に留保させておき、水温の上昇と共に、卵子と精子を一緒に海中に放出して受精させるのだという。この産卵直前まで、甘み、香り、旨さは、あまり変化の差がないようである。だから、車海老は旨さの旬と、漁獲の旬が一致している魚なのである。そして産卵。痩せて身質が落ち、旨さが失われる。
 やがて晩秋から冬。産卵で落ちた身肉は、密かに徐々に戻っていく。水温の低下と共に深場に移行してゆく車海老は、餌をたっぷりと食いこみ、見事に身が太く締り、再び旨さの旬に入ってきている。だから、車海老には、旬が年に2回あることになる。しかし、産卵後の一時期を除き、通年甘みの変化に大きな差異は生じないようである。車海老は、旬を度外視して、旨さを愉しめる魚なのである。

雑記
◎車海老の成長年齢と大きさの平均
 1年〜16センチ。2年〜21センチ。3年〜24センチ。2年ものからなる大クルマに成長するのは、全て雌である。
◎車海老とおが屑
 車海老の「活け」は、原則的には、全ておが屑に入れられて産地より入荷してくる。このおが屑がなかなかの曲者で、このよし悪しが、車海老の旨さに大きく影響してくる。台湾、中国から輸入されてくる養殖車海老は、おが屑の香りが国産のものとは少し異質で強く、海老の身肉にその香りが移ってしまっている。甘みの薄さに、香りの悪さで、二重に品質を落としている。また、国産の車海老でも必要以上におが屑の香りが海老の身に移ってしまっているものがある。海老の旨さには、大きな障害となっている。
◎藤永元作博士と養殖車海老
 車海老の養殖は、藤永元作博士により、昭和40年頃より山口県秋穂の塩田跡を利用して始められた。博士による生態の研究と、孵化、種苗生産の成功、さらに、完全養殖のための技術は、瀬戸内海水産開発(株)として実を結び、車海老の事業化は、50年頃より順調に軌道に乗り始めた。博士は研究成果を特許とせず一般に公開したため、以後各地にその技術が広められ、天然物の激減の中で、画期的な成果をもたらしていったのである。現今、日常的に食べられるようになった養殖の車海老の生産は、全て、藤永元作博士の功績によるものである。
◎甘海老の旨さと鮮度について
 10年前頃より、甘エビ、トラエビ、シマエビが海水に入れられ、活けで入荷してくるようになった。なんでこれらのエビが「活け」で入荷してくるのであろうか。これらのエビは、生食の時が本領発揮だが、死後半日から1日ぐらい経過すると見事に甘みが生じ、色も真っ赤に発色して来て綺麗である。さらにボイルなどの加熱処理を行うと、身が硬くなり、甘み、旨みが大量に流出してしまう。車海老の旨さの採り方とは、異質な世界のエビなのである。生け簀に入れての輸送の手間と、流通経費の無駄の意味が理解できない。      平成11年1月

↑この項のトップへ ↑この章のトップへ