鮪(マグロ)

江戸前鮨とマグロの歴史
 江戸時代の天保年間、江戸近海で獲れた大漁のクロマグロを「づけ」(醤油漬け)にしてすしに握ったのが、江戸前握りすしでのマグロの使い始めだと言う。当時マグロは魚の仲間の中でも下魚として扱われた。
 明治、大正、昭和初期、相変らず下魚の仲間であり、トロの旨さは全く顧みられず、赤身だけが「づけ」として使用されてきた。第二次大戦前、少しはマグロの評価も上がってきたとはいえ、当時の人々には未だ中級魚程度でしかなかったと言う。
 第二次大戦後の耐乏の中から始まった食生活の変化は、日本人の食に対する大きな嗜好の変化をもたらした。戦後まもなくから、特にマグロのトロに対する人気は異常なほどとなり、マグロを扱っている魚河岸のマグロ屋さん達自身が、当時まだこの人気に対して半信半疑だったと言う。昭和三十年代に入り、トロの人気は本格的なものとなり、値段も高騰していった。
 昭和37年、ミナミマグロの操業が本格的に始まった。そして東京オリンピックと共に日本経済の高度成長と合わせるように、トロ人気は益々強いものとなり、マグロの漁獲量の減少と併せてマグロの超高級魚化が始まっていった。トロ人気は、ミナミマグロの漁獲と流通のためにマイナス60度の冷凍技術の開発をもたらし、脂を乗せるために畜養、養殖マグロの出現を見、遠距離からの迅速な流通のために、トラック、空輸便による流通革命さえ成し遂げられ、マグロとすし屋の関係は大きく変化していった。
 マグロの話の中には、日本人の魚に対する信じられないような強い思い入れ、創意工夫、変化の歴史の全てが詰まっているということになる。
 
現況
 東京のすし屋が扱う魚の中で、最も人気のあるすし種はマグロである。
 すし屋の1ヵ月のマグロの仕入れ総額は、魚の全仕入れ総額の約半分にのぼると言われる。
 だから江戸前のすし屋にとって、マグロは何をおいても最も重要な魚ということになる。マグロの仕入れ方を見れば、その店の姿勢、旨さのとらえ方、店のレベルまで全てが判ってしまうほどなのだ。
 しかし近年、近海クロマグロの漁獲量が激減してきている。
 40年前頃より徐々に減り始めた国産近海クロマグロの漁獲量は、平成に入ってからはさらに顕著となり、この数年は減少の速度をさらに速めているように見える。そしてこの状況は、当然の事として上物のクロマグロの漁獲の減少ももたらし、時に狂気としか言えないような相場を付ける事になる。この激減と暴騰は、新たに世界各国からの積極的な入荷をもたらし始めた。
 カナダ、ボストンと地中海からの空輸による生鮮クロマグロ。ミナミマグロとニューヨーク沖・アイルランドクロマグロの生鮮と冷凍物。これらは生鮮と冷凍物のマグロの新たな評価の問題を提起するようになった。またボストンで始まり、地中海で本格的となった畜養マグロ、日本近海、沖縄、オーストラリアでの養殖のクロマグロの出現に及んで、クロマグロの世界はさらに複雑多岐なものとなってきている。近海クロマグロの漁獲量の減少分は、この15年程の間ではこれら外国から入荷して来るマグロの増加によって見事に埋め合わされていると言う。
 最高のものが手に入りにくくなった時、それに代わるより良いものをいかに取捨選択して行くかということが、すし屋にとっての大きな課題となってきている。それゆえにすし屋としても生鮮、冷凍、畜養、養殖、それぞれの旨さ、経済上の利点欠点等の情報を明確に提示し、その識別と区分をもってお客さんに正当な選択の余地を与えて行かなくてはならない。
 
春美鮨とマグロ
 春美鮨では晩秋から春先の時季、シビマグロの不漁の間隙をぬって、旬真っ盛りとなっている氷見から佐渡にかけてのメジマグロの素晴らしいヤツを徹底的に追いかける。そしてメジマグロと並行して北大西洋のニュージャージー沖の漁場で、日本の漁船団によって漁獲される通称ニューヨーク産及びアイルランドの冷凍もののシビマグロも使用することになる。漁獲後すぐに血抜き活け締めされ、マイナス60度もの低温の船内冷凍で、ミナミマグロと全く同じ扱い状態で入荷して来る。この冷凍シビマグロは、ミナミマグロと共に冷凍冷蔵庫に保存され、相場の動きの中で出荷調整されながら少しずつ、一年を通して市場に出まわってくる。近海及び空輸による海外からの生鮮のシビマグロで、脂の乗った素晴らしいものが築地に入荷してこない場合、あるいは入荷しても狂気的な相場を呈しているときには、一年を通してかなりドライに優先して使用することになる。
 又、晩秋から春先にかけ、餌を追って南下し房総沖に達した突きん棒の真カジキの素晴らしいヤツが入荷したときには優先的に使用する。ミナミマグロ、メバチマグロ、キハダマグロは最近ではほとんど使わない。ビンチョウマグロは全く使用しない。
 極上の中メジと極上のシビとを比較すると、色気、香り、身質の濃厚な食感と、全てに於いてシビの方が勝っている。しかし、その分中メジは、シビの二倍ほどの分量をタップリと切りつけ、刺身、握りにする。さらには、船橋の「天日乾燥・炭火焼きの海苔」を縦に置く。タップリの「中メジのスキ身」とタップリの「打ちたての浅葱」と「充分なワサビ」を入れ、太目のネギトロ巻にする。程の良い脂の甘みと、ホンマグロの思春期、青年期の軽快な香りが、上等な醤油と上等なワサビと相まって、見事に渾然一体の旨みとなる。ひとくち頬張れば、その旨みは口中いっぱいに、ゆっくりと広がって行く。口福、口福、たまンない旨みを楽しめるというものだ。 腹側の大トロも美味だが、背の中トロも又良し。「づけ」も、さらに良し。とにかく、口中いっぱいにしてほおばるのが、春美鮨の中メジの食し方の流儀であり、醍醐味である。

課題
 では、それ程までの人気があり、すし屋にとって最も重要な魚であるマグロとはいかなる魚なのだろうか。
 そして、東京の高級すし屋達が、もっとも大切に最優先して追いかけて行く生鮮のクロマグロ(ホンマグロ)とはいかなるマグロなのだろうか。
 また、生鮮のマグロに対して、冷凍のマグロ達はいかに評価され、どのような位置関係にあるのだろうか。
 さらに、畜養・養殖のマグロ達の旨さはどのように評価され、いかなる状況のもとにあるのだろうか。
 漁獲規制と資源保護の関係はどのようになっているのだろうか。

クロマグロ(ホンマグロ)

1.近海の生鮮クロマグロ
 クロマグロは、5種類のマグロ(クロマグロ、ミナミマグロ、メバチマグロ、キハダマグロ、ビンチョウマグロ)の仲間の中では最も旨いマグロとして人気が高い。数々の伝説的な風聞と共に究極のマグロとして、食通達の間では憧れにも近い思いこみを持って好まれてきた。この人気は、漁獲量の激減の中で、さらに拍車をかけられている。

旨み
 クロマグロの旨さの最大の特色は、密度の詰まった身質の旨さで、微妙に鉄分っぽさを感じさせる酸みと、大海の中を颯爽と縦横無尽に回遊して行く巨大な勇姿をも連想させる鮮烈な血潮の香りにある。
 特上物のクロマグロになると、赤身にまでもこれらの旨さと共に、しっとりとした脂の甘み
が加わってくる。
 中トロの中では最も香りが高く、味の濃厚な「血合いぎしの中トロ」のこってりとした旨さ。
砂ずりの部位で筋の多いジャバラの部分の大トロは、まるで濃厚なアイスクリームのように筋さえもが簡単にとろけてゆく。口中に豊潤な旨さを広げて行く脂身の甘みと、それにも負けずに全体を包み込んでくる微かな酸みと血潮の香り。この香りの旨さには、他のマグロ達には決して求められないものがある。
 そしてこれらの旨さは、「メジ」から「チュウボウ」へ、さらに「シビ」へと次第に魚体を成熟させて行くにつれ、深く濃く豊潤なものへとなっていく。

日本近海のクロマグロの旬と回遊の生態
 クロマグロは成長過程の大きさによって名称が変化して行く出世魚の仲間である。
(イ)メジマグロ (ロ)チュウボウマグロ (ハ)シビマグロ

(イ)メジマグロ(小メジ〜5キロ前後、中メジ〜10キロ前後、大メジ〜20キロ前後)
 11月の上旬、各地の戻り鰹と入れ替わるようにして、鳥取県・境港近辺で水揚げされ始める5.6キロ未満の小メジは、身肉が真っ白になるほど脂は乗ってきているのだが、いかんせん子供であるために旨みに欠ける。
 やがて11月の下旬、三陸の塩釜、釜石から15キロ前後の中メジの入荷が始まる。この頃並行して富山湾の氷見から佐渡沖にかけての漁場で15キロ前後の中メジ漁が始まる。この氷見・佐渡のメジマグロは、他の産地のメジマグロの旨さを遥かに凌駕している。香りの鮮烈さと脂の甘みの強さがずば抜けているのだ。だから、このメジを徹底して追いかけていくことになる。
 そして12月から2月頃にかけて20キロ前後の大メジが獲れ始め、旬真っ只中のメジマグロ漁の最盛期となる。

(ロ)チュウボウ(〜40キロ前後)
 5月の連休の頃、三陸沖辺りで40キロ前後の大きさのチュウボウが漁獲されはじめる。5月から7月頃にかけてが漁獲と旨さの旬となる。やがてのシビマグロの大きさの濃厚な旨さと鮮烈な香りを併せ持つようになってゆく。
 この群れの回遊は、春マグロの群れとは別種のものである。チュウボウは6月頃にかけ、かなりの漁獲量となる事が多いのだが、すぐにまた回遊と共に去っていってしまう。
 7月、8月にかけ三陸から青森・津軽海峡辺りを主とした各地で、チュウボウとシビマグロが単発にたまに漁獲されるが、この時季はマグロ漁の時季としては中休みの頃となる。
 平成11年、9月から10月にかけて大異変が起こった。三陸沖にチュウボウの大群が回遊し、やがて太平洋上に消えていったのだが、連続してなんと30年振りだと言われる大漁の記録を出したのだった。近年の全ての魚介類の間に生じている旬の異変がマグロの世界にも見事に表れてきたのだった。

(ハ)シビマグロ(大マグロ〜約100キロ以上)
 毎年、4月から5月の声を聞く頃になると、九州は宮崎県の日南、油津辺りから春マグロの漁獲が伝えられ、早速空輸便で築地市場に入荷して来る。100キロから200キロ級に至るシビマグロの群れによる日本近海での産卵のための回遊が始まったのだ。
 本来はシビマグロの旬真っ盛りであるはずの冬場に、最上物のシビマグロの漁獲量が極少に近いような状態となってしまっている日本近海の漁況は、近年見事に定着してしまっている。とにかく獲れない。この時季は東京の上物のすし屋たちが余りの上物の入荷のなさに歯軋りする季節となっている。そして春の到来と共に、4月上旬頃やっと日南、油津よりシビマグロの群れの初漁の第一報がとどいてくるという訳なのである。だから日南、油津辺りからのシビマグロ初入荷の報には大きな期待と共に感動的なものがある。宮崎に現われたシビマグロ達の群れは、5月前後にやがて紀伊半島に達し紀州、勝浦のマグロ漁の対象となり、これまた直ちに築地市場に搬入されてくることになる。
 紀州、勝浦で捕獲されるシビマグロの一群達には日南、油津等で漁獲されたものより多めの脂が乗って来ていることが多い。とはいえ未だ初夏のマグロ達には中秋から晩秋にかけての脂の乗りと十分な身質の旨みはまだそなわってはいない。そしてこの時期のマグロ漁も5月の後半にかけて、あっという間に漁期を終えてしまう。
 やがて少量の群れ達が房総沖に現われるのだが、産卵を終えたマグロ達は回遊して太平洋の彼方へ消え去って行ってしまうようである。これで春から初夏にかけてのマグロ漁は終了する事になる。
 そして9月の中旬、新たな魚群の到来とともに、いよいよシビマグロの本格的な漁獲の時期に入って行く。三陸沖から津軽海峡、北海道の噴火湾沖、さらには北海道の日本海側に位置する天売、焼尻島近辺から始まり松前に至る漁場、佐渡島沖から能登半島沖近辺での漁獲も伝えられてくる。これらの漁は12月頃まで断続的に続いて行く。
 そして厳冬が始まる。本来はシビマグロの最も旨い時期の到来の時に、すし屋達の過大なる期待を大きく裏切り、近年では最上物のシビマグロの漁獲は極端に少なく、1ヵ月に2、3本しか入荷しないことが多い。しかし奥尻沖地震は、松前・天売・焼尻の好漁場に大異変を生じさせた。以後ホンマグロの回遊が途絶え、マグロ漁は壊滅状態となり、替わって津軽海峡が晩秋から冬季にかけての最大の漁場となって行った。特に下北半島最先端に位置する大間漁協の一本釣り、延縄漁によるホンマグロは、旬真っ盛りの鮮烈な香りと鮮やかな色調と共に、たっぷりとしたトロの甘みと旨さを湛え、ホンマグロの最高峰として一躍有名になり、すし通達の人気の的となった。平成14年の初荷の競りでは、1本2,000万円もの狂気の値がついてしまった。

2.「生鮮」で入荷してくる世界各地のクロマグロ
 近年残念ながら、日本近海でのクロマグロの漁獲量は激減してしまったため、その代替として世界中いたるところから氷詰めの生鮮状態のまま、空輸便で大量に入荷して来るようになった。上物は、外国人たちの常識を超えた高値で取り引きされるからである。この外国からの入荷を併せてやっと15年ほど前の総入荷数量と同等となると言う。

(イ)ボストンマグロ
 北西大西洋上のアメリカ合衆国ボストン沖漁場で漁獲されるシビマグロを総称して言う。
 昭和50年代の半ば頃、突如として200キロから300キロ級の大型のシビマグロが空輸で輸入され始めた。
 当時は、あまりの大型のため、カナダのシビマグロと共に、ジャンボマグロと呼ばれた。始めの頃は、スポーツフィッシングによる漁獲であったため、産地での漁獲後の手入れと処理、さらに流通の悪さなどから赤身の部位を含め、相対的に色が悪く、香りも少なく、身質の旨みも大きく劣っていた。流通過程の一部では鮮度保持のために、半冷凍の処理が行なわれることもあったのではないだろうか。さらに、あまりの大型のためにトロの部位の筋が強く残り、決して上等なシビマグロとしては評価されず、ジャンボマグロと言う呼称の中には、二等品としての差別的意味合いも含まれていた。
 しかし、その後の乱獲による超大型サイズの減少と、資源保護による漁期・漁獲量の厳格な規制、産地での漁獲後の処理の理想的な改善と流通の進歩が、ボストンマグロの評価を大きく上げることとなった。おりしも日本近海のシビマグロ漁の大不漁、大激減と重なり、脂が乗り、手入れのよい最上物は、近海シビマグロの上物とほぼ同等の評価がなされるようになった。
 後述のカナダ、ニューヨーク、地中海産シビマグロを含めて、空輸便で輸入されてくるシビマグロなくしては、近年の日本での生鮮シビマグロの流通はすでに成り立たなくなってしまっている。最近では、最高級、あるいは一流と言われるすし屋、料理屋でも近海の上物の入荷がない時には(それも多々、異常なほど発生している)、これらのマグロを密かに、暗黙の了解のもとに使っているのが現状となった。
 しかし、3年前ごろからのボストン、カナダマグロの漁獲量の大幅な減少と資源保護の風潮は、厳しい漁獲規制となって表れ、築地市場での輸入シビマグロの主力はボストンマグロから地中海物へと移行してきている。

(ロ)カナダマグロ
 ハリファックス・バンク沖漁場で漁獲されるシビマグロだが、ボストンマグロと共に、ほぼ同時期から氷詰め「生鮮」の状態の空輸便によって入荷するようになった。当時は共に超大型の魚体のために、ボストン共々にジャンボマグロと称された。しかし、その後の流通の展開はボストンマグロとほぼ同じ状況と運命をたどってきている。

(ハ)地中海産マグロ
 日本近海のクロマグロ漁の大激減と共に、マグロの扱い業者達は、生鮮マグロの輸入のために、積極的に海外に目を向けるようになって行った。そして北西大西洋のシビマグロと共に登場してきたのが地中海産のクロマグロだった。ボストン、カナダのシビマグロ同様に、初期の品質の悪さはしだいに改良されて来ている。
 北東大西洋のフランス・スペインにかけてのビスケー湾漁場、ポルトガルからモロッコにかけてのジブラルタル・モロッコの二大漁場、地中海でのフランス、スペイン、チュニジア、シシリー、クロアチア等にかけての四大漁場と、クロマグロの主要漁場の全てから「生鮮」のまま空輸便で輸入されるようになってきた。
 漁期、漁場、魚の個体による品質の各差の発生は当然だが、未だに手当ての悪さのためか色の発色が悪く、香りと旨みに欠けるものが多く見かけられる。しかし最上物は、国産近海ものの上物に近い値で取り引きされるようになってきている。

3.冷凍と生鮮で入荷してくる世界各地のクロマグロ
(ニ)ニューヨーク沖マグロ
 北西大西洋上の漁場で、アメリカ合衆国南東部にあるニュージャージー沖で漁獲されるシビマグロは通称ニューヨークマグロと呼ばれている。一部現地でスポーツフィッシングによる一本釣り、突きん棒漁で漁獲されたものは、生鮮の状態で陸揚げされ、空輸便で日本に出荷されるものもあるが、このシビマグロの大多数は、日本の遠洋マグロ漁船団によって漁獲され、ミナミマグロ同様にマイナス60度で船内冷凍され、日本で荷揚げされ流通されて行く。
(ホ)アイルランド産マグロ
 ニューヨーク沖マグロの漁業規制により、この漁域で操業していた日本船団は、漁場を変え、アイルランド沖で操業するようになった。マイナス60度の船内冷凍によって処理されるのだが、旬真っ盛りの最上級品には素晴らしいものがあり、近海ホンマグロの上物と同等の値段で取り引きされる。

生鮮と冷凍 旨さの比較
 生鮮シビマグロと冷凍ニューヨーク沖、アイルランドシビマグロの、トロと赤身の旨さの比較。
(イ)マイナス60度での船内冷凍のマグロの旨さの是非
(ロ)グルメを自認する人達の間にある冷凍マグロに対する拒絶反応

 漁獲した時点でまだ活きているマグロを、血抜き活け締めし、まる二昼夜かけてマイナス60度に凍らせたマグロは、解凍後に見事に身肉が死後硬直を始め、油断すると身質が反り返ってしまうほどである。まるで未来の冷凍人間の蘇生のようだ。だから微妙な解凍の技術が要求され、解凍後さらに熟成の時間が必要となってくる。かっての未熟な冷凍技術の世界とは全く異次元のものとなっている。
 この解凍の過程で、脂のない赤身の部位は生鮮同様の見事な赤色を発色させ身質も回復させてくるのであるが、クロマグロ独自の酸味を持った香りと旨みは、解凍時の水分のドリップと共に残念ながらかなり消失してしまうことになる。冷凍のマグロの赤身は、生鮮のマグロの赤身の旨さにはやはり遥かに及ばないことになる。
 しかし、たっぷりと脂の乗った水分質が極めて少ない最上物のシビマグロのトロの部位は、解凍後、厳密に言えば微妙に香りを失うことにはなるのだが、トロ自体の甘みと旨み、口中に濃厚に融けて行く触感の素晴らしさは十分に味わうことができる。最近では、このレベルでの近海及び輸入による生鮮のシビマグロの漁獲は、年に不定期に数えられるほどにしか獲れない状況となってしまっている。むしろ、レベルの高い脂の乗ったトロの旨さを通年愉しむということでは、冷凍のマグロは安定供給が可能であり、生鮮ものを凌ぐ人気を持つようになっている。
 この最上物の冷凍シビマグロのトロは、平常時の生鮮のシビマグロの上物と値段的にはほとんど変わらず、大差なく評価をされている。それは当然、旬の最盛期に漁獲された冷凍シビマグロも、最上物は「生」同様に極端に少なく、一年を通して出荷調整されながら細々とセリ場に出されてくるからである。これは結果的には安定供給と、価格安定に寄与している事になる。
 近海のシビマグロの上物は、それこそ1ヵ月から2ヵ月振りに最上物が入荷した時、さらに外国からの輸入物の良品がない時に重なると、相場は狂気のように大暴騰する事になる。
 平成8年1月、青森県大間から入荷した238キロのクロマグロは、キロ単価3万8千円でセリ落された。一本904万円の値を付けたことになる。これは異常中の異常なのだが、「生」マグロ信仰はこれほどまでの狂気をも発生させることがある。そしてこの時のマグロが品質的に最高のものであったのかと言うと、そうでもなかったという評判であった。
 上物の近海シビマグロの年間を通しての相場は、キロ単価8千円前後であるといわれる。
 最上物で、大トロのジャバラの筋さえも見事に口中に溶けてゆき、赤身さえもしっとりと脂気のある旨さと、微妙な酸みをも感じさせる鮮烈な血潮の香りを持つほどの素晴らしいものは、現実には一年に20本から30本位しか獲れなくなって来ている。最上物の漁獲は極少となってしまっているのだ。獲れるのは上の中から中の上レベルのものになる。このレベルのものは、赤身と中トロの鮮烈な香りの旨みは十分に愉しめるのであるが、脂の乗りの微妙な不足は大トロの部位の脂の旨みに少し欠けることになる。脂の乗りの不足は口中に多少の筋を残すことになる。大トロさえもが筋もろともにの抵抗もなく溶けていくという、トロのトロ本来の旨みの醍醐味の快感に欠けるのである。
 最上物のニューヨーク沖シビマグロには、逆にこの辺のトロの旨みが十分にある。しかし、赤身の部位の旨さには欠けるため、当店での赤身の仕入れは、あくまで生のクロマグロの赤身を追いかけ、使う事になる。上物のクロマグロの赤身には、全てのマグロの赤身を凌駕する旨さがある。微妙な鉄分をも含んだ酸みを感じさせる血潮の香りをたっぷりと持っているからだ。

「づけ」の再登場
 しかしトロ全盛の風潮の中では、マグロ=トロの錯覚まで生じるありさまとなっていった。そして次第に赤身が売れなくなった。どうしても赤身が売れ残ってしまうのである。
 そこでこの赤身を売る方法として、かっての江戸時代に行なわれていた赤身を醤油に漬け込むと言う「づけ」の仕事が復活してきた。とにかく「仕事のしてあるすしネタ」ブームに乗って出てきた仕事であると言える。しかし、職人仕事というものは、どんなに容易なものでも一度失われたものを再度取り戻すと言う事は大変困難なこととなる。だから最近流行っている「づけ」の仕事は、醤油の素材、製造方法、嗜好の変化にともない、昔には日常的に行なわれていたものとは全く異なった次元のものといえる。それは職人の創意工夫が問われる全く新しい発想のもとでの仕事ということになる。

ミナミマグロ

4.冷凍と生鮮で入荷してくるミナミマグロ(インドマグロ)
 昭和37年ごろ、遠洋漁業の船団がインド洋で初めてミナミマグロを漁獲してきた。当初、これらのマグロは産卵後のラッキョウと言われる、脂の落ちてしまったマグロが多かったため、多少の軽蔑の意味も込めてインドマグロと呼ばれ、その名称が定着していった。
 しかしその後、このインドマグロの生態と漁場がしだいに判明してくるにつれ、三浦半島、三崎の遠洋漁業船団を筆頭に、このインドマグロを専門に追いかけて行く遠洋マグロ漁船団が増加していった。
 それはまさに、近海のクロマグロの漁獲量が激減してゆく頃であると共に、インドマグロの旨さの特性が、戦後の最悪の食料事情の中から生じてきた日本人の食にたいする嗜好の変化に適合するものであった。
 戦後の闇市場の屋台のすし屋から急激に人気の出てきたと言われるマグロのトロの部位に対する需要の伸びは著しいものがあり、すし屋も料理屋もお客さんの嗜好の変化と要望により、積極的にトロを使い追いかけるようになっていった。

入荷と流通の展開
 ケープタウン、南インド洋、ニュージーランド、タスマニアのライン上にある、ミナミマグロの大漁場は、新たなミナミマグロの漁場の開拓の努力によるものである。さらに扱い業者達の進取な熱意と高い競争意識は、やがてマイナス60度という途方もない船内冷凍技術と、帰港するマグロ漁船の未だ品質の不確定な漁獲ものに対して、現物も見ずに漁期・漁場・魚体のサイズ等を判断材料として、まさに一攫千金の相場的な一船買いの競争となっていった。さらにかつてなかった最新の大型保冷車と大型冷凍冷蔵庫の開発による流通革命によって、ミナミマグロの旨さの魅力は一気に認知されていった。

ミナミマグロの旨さの長所と欠点
 ミナミマグロはクロマグロの仲間と言われるが、厳密に見れば、明らかにクロマグロとは相違するマグロである。魚体から骨格、身質、脂の乗り具合から旨さのあり様まで、多くの点から明白に区分することができる。
 ミナミマグロの旨さの最大の特色は、トロの部位の濃厚な脂の乗りと濃醇な甘みにある。旬の最盛期、最高のミナミマグロのトロは見事な甘みと共に大トロの部位の筋さえも、とろりと口中に溶けて行く。
 かつてこのマグロのトロをロウソクのような味がすると形容したすし屋があったが、よっぽどダメな安値のものを食べたのか、或いは強固な偏見の持ち主なのではないだろうか。
 ミナミマグロの旨さはクロマグロの旨さとは別種のものとしてとらえなくてはならない。
 しかし、ミナミマグロの旨さの中には、クロマグロと比較して決定的に欠けているものがある。クロマグロ特有の鉄分を感じさせるような酸みを帯びた鮮烈な血潮の香りが口中に立ち上がってこないのだ。かつては、それは冷凍と解凍の過程で失われてしまうのではないかとも考えたのであるが、最近特に顕著に築地市場に入荷してくる、ニュージーランドからの空輸による天然生鮮のミナミマグロを食べてみても、やはりクロマグロのもつ華麗で鮮烈な香りはほとんど感じられないのだった。特に赤身の旨みは生鮮クロマグロと比較すると大きく劣っている。
 しかし、ミナミマグロと同様の条件のもとで流通してくるニューヨーク沖クロマグロには、生鮮の近海ものの香りには少し劣るのだが、未だ多少なりとも香りが保持されている。
 脂の乗ったトロの旨さこそ、マグロの旨さの全てであるといった、長年にわたって培われてきた風潮の中で、ミナミマグロのトロの人気はさらに大きくなっていった。品質格差が激しく、安定して入荷をしてこない生鮮のクロマグロよりもミナミマグロの冷凍ものは、出荷調整により年間を通して安定した品質と入荷も見込められるため、使用するすし屋にも扱いが便利なのだった。上物を選別する十分な力さえあれば、一般のクロマグロよりも遥かに脂の乗った上質で濃厚なトロの旨さを通年愉しむことが出来るということになる。

生鮮と冷凍 旨さの選択の仕方
 極論すれば、生鮮クロマグロよりはるかに濃厚で、たっぷりとした甘みのあるトロの脂の、とろけるようなミナミマグロの旨さを採るか、脂質は多少或いはかなり落ちるが、豊な香りと酸みと鉄分をも感じさせる豊潤な旨さのクロマグロを採るかの嗜好の選択の問題に帰するのだろう。
 しかし近年、ミナミマグロの入荷量も極端に減少してきている。そして相対的に魚体の小型化、品質(脂の乗り具合)の低下をきたし、最上物は生鮮のクロマグロの上物同様に極端な品薄状態となり、価格も上物のクロマグロとほぼ同等に近い状態となっている。

ミナミマグロの現状
 ミナミマグロは、30年代後半の最盛期の漁獲量と入荷量から見ると、3分の1に激減している。乱獲による資源の減少と魚体の小型化と品質の低下、資源国による領海200カイリ宣言と漁獲規制、漁獲認可料の不当な高騰、労働力の不足による賃金の高騰と高齢化などにより、ミナミマグロの遠洋漁業自体が危機的な状況に陥いっている。国の補助金も打ち切られ、船主達は減船と撤退の憂き目に曝されている。これらの理由による漁獲量の激減が、結果的には新たな資源の回復につながって行くことになれば幸いなのだが。

5.畜養クロマグロと養殖クロマグロ
 昭和60年頃、ボストン近辺での日本人による畜養マグロの事業化の成功は、空輸便による生鮮畜養クロマグロとして、相当量にのぼる日本への入荷となった。
 畜養マグロとは、産卵後の成魚の大型マグロを大型の生け簀の中で餌を与え、脂を乗せ再生させたものを言う。日本の相場を睨みながら出荷してくるクロマグロなのだが、いつのまにか音沙汰を聞かなくなった。後に畜養のための自然環境条件の不適合のために、遂に撤退したのだと耳にしていた。ところがこのグループは平成に入ってから突然、地中海のスペインでの畜養業者として再登場してきた。
 スペインから入荷してくる脂の乗った畜養のクロマグロは、天然のクロマグロ漁の不振と、獲れても個々の品質格差が大きく、脂の乗りも悪く品質価値の低い多量のクロマグロ達の中で徐々に本領を発揮し人気を高めてきている。出荷時期と出荷量の調整をしながら、あくまで生鮮クロマグロとしてさらにその価値を高めている。なんと言ってもマグロの価値をきめる最も重要な要素は、生鮮であるということと、脂が乗っているか否かなのである。

畜養クロマグロの旨さの是非
 しかし、畜養マグロの大きな欠点は、身質の緊張した緻密さと、鮮明な赤色の発色の欠如にある。そしてさらに大きな欠陥は、身質の旨さの特性にある。
 天然クロマグロが持つ酸みを含む微量な鉄分をも感じさせる、鮮烈な血潮の香りの旨さに全く欠けるのである。食べ終わりにチラッと舌を刺すような刺激、味気ないとぼけたような土っぽい香り、微かに特有の渋みさえ感じさせられる。
 これは、畜養のための生け簀網の中での運動量の不足と、投与される餌と、なんらかの抗生物質の働きによる結果なのであろう。
 最近ではこの畜養マグロを冷凍物としても出荷して来るようになった。しかし、身質はさらにゆるく、水っぽくなってしまっている畜養マグロの冷凍物ものに、なんの魅力と価値があるのだろうか。とはいえ、デパート、スーパー等の一般消費者向けの売り場では、ホンマグロの名のもとに養殖のマグロよりも遥かに人気があり、評価されているという。

養殖クロマグロの旨さの是非
 養殖のマグロは、近畿大学の研究者たちによって早くから試行錯誤を重ねながら開発されてきた。稚魚から成長させ脂を乗せる養殖物は畜養ものよりさらに身質がゆるく、餌となる鰯特有の臭さみと刺激臭と渋みが口中に広がってくる。
 オーストラリア、沖縄、奄美大島等の養殖マグロにも共通する最大の欠点となっている。必要以上にたっぷりの脂を乗せ、白っぽいピンク色の身質をしている。この少しボケたようなピンク色の色気は、知識のない人にとっては心地よい見てくれとなるようである。築地卸売市場でも安価を最大の武器として大手を振って売られるようになってきた。

畜養、養殖クロマグロの流通上の問題点
 その際問題なのは、築地市場で一部の飲食店達が、畜養あるいは養殖物のマグロを識別できずに天然ものとして仕入れてしまうことにある。あるいは又、承知して仕入れをしていながら、自分の店では天然ものとして売ってしまう事にある。
 なぜこのような事態が起こりうるのかというと、セリ場では産地と畜養、養殖の有無は掲示されその識別は当然のことなのだが、仲買人が一般の飲食店の仕入れ人達に敢えてその情報を流さないからである。ただ単に世情だけを気にして味見もせずに「天然物なら買うが、養殖物では買わない」という無知と気取りの店にはわざわざ教える事はしない。築地市場では、海幸橋を渡ったら嘘八百なんでもありの世界なのだ。知らないヤツが悪い。だまされたら勉強して出直してこいの世界なのだ。決して店頭の魚に畜養・養殖の表示などはしない世界なのである。
 しかし、デパート・スーパー等の鮮魚売り場ではこのような世界があってはいけない。全ての魚にこれらは明瞭に表示されていなくてはならない。しかし現実にはほとんど実行されていない場合が多いようである。畜養物を天然物として売ってはいけない。冷凍を生鮮として売ってはいけない。魚のプロ達は正々堂々と説明し、表記し、消費者教育をしてゆく必要がある。それがまた結果的に畜養、養殖、冷凍ものの品質向上につながっていくことになるはずだ。現在の畜養、養殖物の品質状態では良心的な店ではまだまだ使えないことになる。
 25年も前頃にインドマグロを、15年前頃にはボストン・カナダマグロを他の魚達と共に旬、大きさ、産地、輸送手段、をも含めた全ての情報を、毎日和紙に書きだした時、店のお客さん達に笑われたものであった。さらにダメなお客さんにかぎって、薄ら笑いさえしたものであった。しかし新規に国内外から入荷してくる新顔の魚は、せめて産地、旨さの情報を明示する必要がある。そしてプロはやはりお客さんの利益につながる専門の知識、経験、情報は積極的に流して行く事が大切だ。グルメだ、通だと言っても専門の知識と経験の深さの程度が違うのだから。かくして共通の情報のもとで平等、公正な食の文化を愉しむことが出きる事になる。
 最近では、プロの商売人でも、ほんの5年も前までに身につけた知識と経験だけを持ってしては、築地での魚の仕入れには通用しないような状況にまでなっている。旬の異常と移行、名産地の絶滅と新たな名産地の登場。輸送手段の革命的な進歩と、高度な魚の締め方の技術の進歩。魚をとりまく世界では、毎年毎年が異常な変化と退化と進歩と工夫と緊張の連続のようである。

漁獲規制と資源の保護と再生
 300隻にのぼる日本からの遠洋マグロ漁船団は、各々長さ100キロにおよぶ延縄のロープに2,500本もの針をつけて操業する。一年間に流す距離総数は500万キロ、地球の120周分にあたると言われる。
 乱獲による漁獲量の減少のため一航海操業日数は500日以上。しかも漁獲量は年々さらに減少、魚体の縮小化も著しく、操業経費の増大、労働力の確保の困難と老齢化等、日本のマグロをめぐる世界は異常な世界を展開していった。膨大な需要に伴なう根こそぎの漁獲競争は自業自得のジレンマを生じさせることとなった。そして各国の手前味噌的200カイリ宣言と漁獲規制、自国の利益最優先によるふんだくり的膨大な入漁料の設定。マグロの世界の狂態はほぼ極限の状態にまで達しているのではないだろうか。このような状況の中で国際会議による漁獲規制の圧力が強くなってきた。ICCATによる大西洋でのモニタリング枠内での漁獲協定、地中海での禁漁期の実施が行われるようになった。
 当初、これらの大義名分はマグロ資源の保護と再生のための方策であった。しかし次第に自国の経済的利益の主張と獲得の戦いに利用されているような傾向となってきている。ワシントン条約による捕鯨の禁止が、鯨の純粋な保護と再生のためだけではなく、アメリカ穀物業界の利益のための密かな謀略であると言う途方もない話まで流されている。
 資源保護のための漁獲規制とはいえ、マグロの生態についての科学的根拠にもとづいた数値によるものではなく、多分に感情的な分析によって行なわれている事が多いとも言われている。
 千葉県大原が、アワビの資源保護のために五年間にわたってアワビ漁を禁漁とした積極的な漁業政策、ワシントン条約による捕鯨の全面的禁止措置等、もしマグロの資源保護と再生が国際的な正論に基づくものであるのならば正当な漁獲規制及び禁漁措置が必要とされることになる。
 一握り6千円のトロの値段を異常なものとするか、一定期間の厳格な漁獲規制又は全面禁漁の後、もう少しまともな値段の流通を可能にするか、極論も含めてマグロの自然保護と再生のために、もうそろそろ選択肢を狭め大胆な選択をする時期に来ているのではないか。
 江戸前ずしの最も人気のあるネタであるからこそ、自然環境の保護保全、再生をも含んだ最善の道を選んで行く必要がある。            平成12年6月

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鰹(カツオ)「初鰹と戻り鰹」

初鰹
 2月も未だ上旬、春の気配など全くない寒気の真っ最中に、南の方からは、もうぼちぼちと鰹の便りが伝わってくる。8、9キロの大型サイズの群れを交えながら鰹達は、すでに種子島から屋久島あたりにまで回遊してきているのだ。この鰹は空輸便で、それこそ「追っかけ」の状態で築地へ入荷してくる。魚体良く、鮮度抜群も、いかんせん身は真赤っか、脂は全くなし。いくらなんでもこれでは鰹の旨さは全く感じられない。そしてこの魚群達は北上をせず、やがていずこともなく消えていってしまう。
 しかしこの頃、別の魚群の鰹達が黒潮に乗って、さらにさらに一路、北上してくる。3月の声を聞く頃には、鹿児島から土佐沖を通過、紀州沖辺りに達している。
 近年の築地市場では、この頃にはもう鰹は大量に出まわっている。初鰹の先取りだ。初鰹は戻り鰹よりもはるかに高値となるため、宮崎県日南、高知県室戸、土佐、佐賀、辺りから最優先に出荷されてくる。外房勝浦の最新鋭、最高馬力の漁船達も、ほぼ日戻りの状態で鰹を獲って来る。とにかくこの時季、全ての漁場の鰹は勝浦港へ、築地市場へと送られてくる。しかし、いくら初鰹とはいえ、いまだ脂も香りも足りない。使用不可なり。3月中旬、初鰹の魚群の先陣は遂に伊豆沖に達する。やがて4月。三浦半島沖から房総沖にかけての鰹漁は、最盛期を迎える。いよいよ本来の初鰹の旬の到来だ。

江戸っ子達を熱狂させた初鰹
 江戸時代、江戸っ子達を熱狂させた初鰹は、鎌倉河岸から入荷したものである。あの初鰹に対する熱狂はナンだったのだろう。鰹は身肉が色変わりし易く、鮮度の落ちも早い。鮮やかな鮮紅色は、ちょっと手入れが悪いと半日でどす黒く変色する。旬も一瞬で鮮烈だ。輸送の困難な江戸時代に、敢えてこの初鰹の鮮度のいいヤツを刺身で食べるとなると、想像を絶する難しさと工夫、競争があったはずだ。これは江戸っ子の、意地と誇りと見栄をくすぐり、奮い立たせるにはピッタンコの条件を揃えた世界だったのだ。だから江戸っ子は女房を質屋に入れてもと奮い立ったのだろう。この意地と誇りと見栄の世界は、近年の初鰹の世界にはもうすでになく、そのかわり、江戸前すしの、小肌の「新子」の世界に見事に引き継がれてきているようだ。

 最近、他の魚介類同様、初鰹の旬も1ヵ月ほど早くなってしまっている。鰹は、好漁年と不漁年とが隔年で来るような魚なのだが、この二年、初鰹は、質、量共に不漁が続き、しっとりと脂の乗った上物の入荷が少ない。期待が大きいだけに裏切りの落差が激しく、初鰹使用不可を決断する年が続いている。
 平成10年3月12日、遂に来た。8.5キロ、超大型で見事なり。外房勝浦産。久々の上物の初鰹だ。しっとりと乗った脂のなかに、微かに漂う酸みは、鮮烈な血の匂いを含んでいる。初鰹特有の初々しい初夏の香りと印象をも込めて、待望の初鰹達の初仕入だ。

旨い鰹の選別の仕方

 脂の乗った旨い鰹を選別するための見極めは難しい。とにかく、摩訶不思議に選別が難しい魚なのだ。
 旨い魚を選別するには、諸々の要件を点検しながら、最終的にはその魚の魚体、姿、形、色を見て判断するものである。鰹の難しさは、この最終チェックの時点で多々だまされるという点にある。鮮度だけを判断するのは簡単だ。脂の乗りと身質の旨さを判断するのが難しいのだ。見事に丸々と太り、下半身のカーブを見ても全く申し分のない体型の鰹が、開いてみるとただただ真っ赤なだけで、脂と旨みが全然なく、渋みさえあるなんてことはしょっちゅうなのだ。 
 ではどうするか。
 まず、銀腹を見る。銀腹を横断する数本の黒い横縞を見る。縞模様の濃くはっきりとしているのはダメだ。砂ずりを中心に、全体的に縞の色がボケて薄くなっているようなのが良い。脂が乗っている証拠だ。しかし、さらに難しい点がある。身肉を食べると渋みのあるやつが混じるのだ。初鰹の旨みは微かな酸みと鮮烈な香りだ。渋みは大敵である。全てを台無しにしてしまう。
 さらに、ではどうするか。
 鰹を横にする。背の黒皮の中心を皮に沿って、薄く2センチほど包丁を入れる。めくると皮目の脂の乗り加減を見ることが出きる。これで鰹の脂の乗り具合の判断は80パーセントほど確定。さらに後の20パーセントを確認のために、頭を落とさせる。腹側の切り口を見る。これで脂の乗りの評価は100パーセント決まりだ。
 身肉の渋みはどうするか。頭の切り口に指を突っ込み、身を穿り出して食べる。身肉に渋みがあるかどうか、この鰹が旨いか不味いかの選別、見極めはこれで全て完了だ。旨ければ仕入れる。不味ければ買わない。しかしこのわがままな仕入れのやり方は、仲買人(店)と買出し人(すし屋)双方に力と信用がないと出来ない。
 かくして待望の初鰹を追いかけて行くことになる。しかし、初鰹の旨さは、一瞬の旬の旨さである。せいぜい半月。一瞬であればあるほど旨さは鮮烈さを増す。
 他の魚達と同様に、初鰹の旬も約1ヵ月ほど早くなってきている。早めに始まった初鰹は4月中旬早々には、はや旬としての鮮烈さを失い始めている。5月半ば、やがて常磐方面に至る鰹達には東京のいい店達はもう見向きもしないのである。

戻り鰹
 黒潮に乗って北上して行く鰹の群れの先陣は、旧盆の8月半ば頃に三陸沖に達する。
しばし回遊、待機の後、産卵の準備のために猛烈な食欲を発揮し始める。餌の小魚、鰯を追って今度は逆に南下を始める。この鰹の群れを戻り鰹(下り鰹)と呼ぶ。産卵のための貪欲な食欲は、身肉に見事なたっぷりとした脂を乗せて行く。通称「トロ鰹」の出現だ。
 ほんの15年前頃まで、東京のそこそこのすし屋は初鰹を追っかけても、戻り鰹にはいっさい手を出さなかった。ずいぶん長い間、東京では戻り鰹に対する偏見があったのだ。それほど初鰹の旬の旨さと、その鮮烈な季節感を大切にしたのである。
 しかし鮪の世界での、赤身からトロへの嗜好の変化と同様に、戻り鰹の脂身の旨さは、最近では初鰹への人気を凌ぐものとなってきている。
 9月2日。気仙沼発の今年の戻り鰹には、もうすっかり旬の盛りだといった風情の、見事に脂の乗ったやつが混じり始めた。しかし、八月末の台風は、漁獲量に大きな影響を与え、9月10日までの漁獲量は例年を下回り、小型サイズのものが多く、4キロ級の良品が少ない。
 鰹は、かって南の方から一路北上してきたやつが、そのまま三陸沖に達するものと思われていた。しかし近年、この群れの他に遥か太平洋のかなたより回遊し、常磐沖にぶつかり、さらに北上して行く一群のいることがわかった。初鰹が不漁でも、戻り鰹が大漁の所以である。三陸沖でのしばしの回遊の後、遂に南下を始めた鰹の群れは、気仙沼、石巻、塩釜、小名浜、銚子、勝浦、房総沖へと達する。これらの漁港から築地市場への入荷は「追っかけ」の流通方法により見事な鮮度が保持されている。身肉の脂は次第に、やがて見事に乗りきり、その最盛期の状態のなかで、産卵のため房総沖から太平洋上へと回遊し、去って行くのである。
 たまに鮮度落ちして色の悪い鰹が入荷することがある。これは、魚の手入れ、流通が悪いのではなく、漁場が太平洋上遥か遠くへ移ってしまい、産地漁港への入荷が遅れ、この時点での鮮度落ちが原因であることが多い。

日本海の鰹
 秋口、宮崎県の鰹漁船団が漁獲する五島列島近辺の一本釣り漁の鰹は、どういうわけか脂が少ない。やがて島根県浜田沖から隠岐、壱岐にかけて大量に漁獲される巻き網漁の鰹は、脂もあり良品で、輸送もよく、同時期の気仙沼産のものと鮮度もほぼ変わらない。日本海の鰹漁は、巻き網、定置網漁で行われ、大量に漁獲するのに適している。漁獲量の少ない一本釣り、引き縄漁は全く行われない。そして鳥取県境港、福井県敦賀とつづき、この頃メジマグロ、鰤(ブリ)漁と重なり始めながら獲られる鰹のなかに、見事な霜降り状に脂の乗った鰹が混じることがある。さらに冬場、富山湾氷見の定置網(大謀網)に、メジマグロ、鰤に混じって獲られる鰹も凄い。5〜6キロ級の大型サイズで、霜降り状に乗った脂は、十分な甘みと香りを持っている。この時季、日本海の誇る富山湾から佐渡にかけての最高級品のメジマグロ、鰤に匹敵する旨さがある。

漁法
(イ)一本釣り漁 その豪快な漁法のため、鰹漁の代名詞のようになっているが、釣り上げた後高い位置から甲板に落とされるために、打ち身のできる鰹が混じることになり、最近では最高級品としての評価を落としている。
(ロ)引き縄漁 数十本の針に餌を付けて流し、鰹がかかると引き上げる漁法で、鰹の漁法としては一番魚体を傷めず、鮮度の保持も十分で、理想的だが漁獲量に限度がある。
(ハ)定置網(大謀網)漁 鰹の回遊方向に網を張っておき、一度入ると出られなくなる。この漁法も理想的だが大量に漁獲することはできない。
(ニ)巻き網漁 二捜引きの網漁で、大量の漁獲には最適の漁法だが、体表の荒れと鮮度保持が雑になることがある。
◎初鰹の漁獲量はそれほど多くはない。毎年高値がつくため、鮮度保持が重要となり、大掛かりな装置を要する巻き網漁は行わない。一本釣り、引き縄漁が主体である。逆に戻り鰹の世界では大量の漁獲量を得るために、巻き網漁が主役となる。

鰹の旨みと料理法
 初鰹の旨みは、鮮明な赤色と血の匂いをも含んだ微かな酸み、さらにはさわやかな初夏の訪れを感じさせる、季節感にある。江戸っ子達の熱狂の余韻さえも感じさせられる。
 一方の戻り鰹は、マグロの中トロにも似た脂の乗りが、初鰹特有の香りと旨みを消してしまっているという長年の偏見のなかにありながら、戦後の食生活と嗜好の変化を味方にして、初鰹とは別種の旨さとして、脂の乗った身肉の旨さを、着実に評価させ浸透させて来た。
 最近の戻り鰹の人気は、初鰹を凌駕してしまっているように見える。
 関東では、鰹は皮を引いて刺身、握りにするのを通例とした。しかし今では高知県の土佐造り風が人気となっている。
 土佐造りは、鰹を五枚に下ろし、血合い、腹骨を磨き、金串をうち酒、塩を振る。藁を燃やし、皮目、身肉ともに強火の遠火で焼く。熱々のうちに包丁をし、たっぷりの薬味と調味料で温かい内に食べる料理法である。
 当店も土佐造りにする。藁の代わりに炭を使う。切りつけはたっぷり、初鰹は浅葱、生姜、煮きり醤油で。戻り鰹は脂が強いので浅葱、ぽんず醤油で。共に未だ温度のある内が旨い。皮目の脂の旨さをたっぷりと堪能できるからだ。
◎はらす(砂ずり)に軽く塩を打ち、さっとあぶって酢橘を絞る。熱々を握るとこれが旨い。
◎切りくずをさらに細かく包丁をする。浅葱、生姜、大葉を細かく打って、全体の一割くらいの味噌を混ぜる。冷やせば肴になるし、熱々のご飯に乗せて一気にかき込むという手もある。

雑記
◎屋久島・種子島近辺で獲られる大型の鰹の群れは、一時盛んに築地に入荷するが、この鰹達は他の小型の群れ達といっしょに北上はしない。この漁場は一時の通過点であって、やがて他の場所へ回遊して行くらしく、その後の消息を絶ってしまうのである。全ての鰹の群れが、一律に北上、南下をするのではないらしく、各地に滞留し、その地に居着いてしまう地付きの鰹の群れもあるようだ。
◎9月上旬、三陸の鰹達がもたもたしている間に、相模湾の鰹が長井、佐島に水揚げされ始めた。漁獲量は少なく、引き縄・定置網で漁獲される。品質はそこそこに脂も乗り、良品が混じる。
◎気仙沼港水揚げの戻り鰹の約半分は、宮崎県・高知県の鰹漁船団によって漁獲されている。
◎春先、高知沖を通過する鰹には、いまだ脂が乗っていない。土佐造りという料理法はこの脂のない小型の鰹を旨く料理するための工夫だったのだろう。
◎産卵の準備のために南下を始めるとはいえ、最近では初鰹の時期にもうすでに卵を少し持っているやつがほとんどだ。ナンなんだこれは。変態か? 環境ホルモンのせいか? まるで人間みたいだ。
 平成12年春。初鰹の世界に大異変が生じた。2月上旬、宮崎県日南からのまだ初荷のホヤホヤの初鰹達が、秋口の戻り鰹のように脂をたっぷりと乗せて登場したのだ。さらに3、4、5月と高知の室戸、紀州勝浦、房州勝浦と上りながら、相変らず脂のたっぷりと乗った鰹の漁獲が続いた。それも最初から全ての鰹達が卵、白子を抱えているしまつだ。そして6月上旬、突如鰹は三陸の気仙沼に入荷し始めた。それもさらに脂を満々に乗せての登場だ。6月に戻り鰹の世界が出現してしまったのである。今年の鰹の生態は、専門家達の間でも未知の出来事として大きな話題になり、環境異変、新たなる回遊進路の変更、新たなる生態の種の出現等、侃侃諤諤議論が尽きないようである。       平成十二年八月

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